第70回:根管治療の見直しと新しい試みを!

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第65回「根管の化学的清掃」を書いた時にも感じたことなのだが、どうして根管治療は旧態依然なのかと思う。少しは新しい芽、試みはないものだろうかと思い調べてみた。まず根管洗浄についてである。米国歯内療法学会員1,054名における根管洗浄に関する最新の調査(J Endod印刷中、2011年9月オンライン)によると、おもに使うのは91%の人が次亜塩 素酸ナトリウム(以下NaOCl)、ついではEDTA4.3%であり、クロルヘキシジン、生食、水、クエン酸はわずかである。NaOCl濃度としては5.25%の使用が最も多く(57%)、1.6〜5%では様々であり、1.5%以下はごくわずかである。使う機会があるのはNaOCl97%、EDTA80%、クロルヘキシジン56%がトップ3である。NaOClの使用理由として殺菌性を最重要視している。77%がスメアを除去しているが、2001年の同様な調査では51%であったとされる。 根管洗浄には、NaOClでは取れないスメア除去のためのEDTA使用が標準になりつつあるようであるが、NaOCl濃度、EDTAでの洗浄時間には注意を要するように思われる。これに関する論文の中から以下に3編引用する。6%NaOCl中で根管形成した後、15%EDTA3mlで1分間以上洗浄すればスメアはほとんど除去できるが、3分間かけないと根尖側での除去は不十分となる。EDTA洗浄後にさらに3mlの6%NaOClで2分間洗浄すると細管の管周・管間象牙質がダメージを受け、その程度はEDTAの洗浄時間が長いほど大きい(2002年J Endod 934-9頁)。1% NaOCl中で形成してから3mlの15%EDTA洗浄後に3mlの1%NaOClでの洗浄をそれぞれ1〜5分すると、歯頸側、中間部のスメアはそれぞれ1、3分以上で除去できるが、根尖側では5分でも完全には除去できなかった。3分でのSEM 像では管周象牙質にほとんどダメージはなかった(2005年Int Endod J 285-90頁)。6% NaOCl中で形成してから1mlの17%EDTAで15、30、60秒、3mlの6%NaOClで洗浄した場合、歯頸側、中間部のスメアはほぼ除去できたが、根尖側での除去は不十分であった(2008年J Endod 1011-4頁)。 これらのことからは、スメアの除去には、EDTA洗浄後にNaOCl洗浄を行っても、歯頸側、中間部には効果があるとしても肝心の根尖側ではあまり効果がなく、象牙質へのダメージを考えると少なくとも高濃度のNaOClでの洗浄は好ましくないと思われる。我が国歯科で利用可能な製品のNaOCl濃度は3%と10%であり、後者が多用されているようである。しかし、殺菌性からいえばNaOCl濃度0.5〜5.25%で差はないとされ、国際的には1〜5.25%であることからすると、日本の状況はかなり異常である。象牙質へのダメージを最小にするためには、根管形成後の最終洗浄において、EDTA洗浄のみあるいはその後にさらにNaOCl洗浄を加えるかによって、EDTAでの洗浄時間、NaOClの濃度と洗浄時間を適当に選択することが必要と思われる。 我が国での異常な10%NaOCl使用について触れたついでに一言記しておきたいことがある。いまどき諸外国ではほとんどお目にかかれない、半世紀以上前からの遺物、NaOClと過酸化水素の交互洗浄のことである。これについての歯学部教育を漸くやめた大学もあるようではあるが、過酸化水素はNaOClと反応して気泡を発生するためその発泡による洗浄効果があると信じられてきたらしい。しかし、その効果は疑問視されおり、発泡のたびにNaOClの殺菌力低下を招くだけである。 スメア除去にEDTAより効果的な洗浄剤はないだろうか?すでに使われている20%クエン酸のほかに、5〜7%マレイン酸(2003年)、10〜20%乳酸(2004年)、37%リン酸(2011年)などが検討され、それらはいずれもEDTAよりスメア除去に効果があるという。しかし、それらもEDTA同様に殺菌性はなく、NaOClと混じるとその殺菌力を低下させる。スメア除去能と殺菌性を兼ね備えた洗浄剤はないだろうか?その候補として過酢酸が検討されている(2009年Int Endod J 335-43頁)。1%NaOCl中で15分根管形成してから、17%EDTAあるいは2.25%過酢酸で3分洗浄したところ、両者ともにスメア除去に同じような効果があった。しかし、根管壁の細管開口部の拡大や象牙質の脱灰の程度がEDTAではかなり進んでいたが 、過酢酸ではそのようなことはなく作用が穏やかであった。さらに、2011年同誌485-90頁で、スメアを形成した象牙質ディスクに2.25および0.5%過酢酸、17%EDTAの5mlで15〜180秒洗浄してスメア除去効果を比較している。その結果、60秒洗浄で3者間に差は認められず、低濃度の過酢酸でも有効であるという。この文献中に過酢酸が東独で臨床で使われていたという1980年の論文(Stomatologie DDR 558-63頁)が引用されていた。それを見てみると、次のようなことが記されていた。まず0.2%過酢酸で洗浄、0.4%過酢酸を綿栓につけて根管に入れて30分放置してから同液で洗浄、Diaketで根管充填するという手順である。患者141名について、治療後6〜12月、12〜24月追跡調査したところ、成功率はそれぞれ86、84%であったという。その後ずっと過酢酸が顧みられなかった事情は不明であるが、過酢酸は再評価するだけの価値があると筆者は信じている。 じつは、筆者らも以前に過酢酸に注目し、2000年の歯科保存学会で「新しい根管洗浄・清掃剤としての過酢酸の可能性について」発表している(抄録:43巻特別号41頁)。NaOCl中で根管形成、超音波洗浄した根管を0.09〜0.9%の過酢酸(pH 3.14〜2.25)で2分洗浄したところ、いずれの場合もスメア層は除去され、細管の開口はわずかであった。さらに、根管に貼薬した水酸化カルシウムの除去性も検討したところ、0.18%以上では根管の全部位で細管内にもほとんどは残留していなかった。このようにスメアおよび水酸化カルシウムの除去における過酢酸の有用性を認めていた。当時はまだ過酢酸は入手しにくかったが、医療機器消毒用に2001年発売となり、歯科メーカーからもアセサイド6%消毒液として近年販売された。6%原液(過酢酸以外に酢酸、過酸化水素を含む)を緩衝化剤と水で20倍希釈して0.3%(pH 3.5)として器具などを消毒することになっている。過酢酸は、0.2〜0.3%という低濃度で、一般細菌、抗酸菌、ウイ ルス、芽胞を含む広範囲の微生物に有効な酸性物質であり、強い殺菌力と脱灰能を備えている。有機物の存在下でも有効というのも一つの特徴であるが、これは有機質溶解性はないことであり、根管洗浄にはNaOClとの併用が適している。NaOClはアルカリ性よりも酸性側で殺菌力が高まるため好都合であるが、反応で塩素が発生するため状況に応じて水洗を考える必要があろう。根管洗浄には緩衝化剤は除外し、単に水で必要な濃度まで希釈する方がよい。過酢酸は分解により酢酸と過酸化水素になり、後者は容易に酸素と水に分解される。食酢中の酢酸は約4%、そのpH は2.4〜3.0であり、0.5%以下の過酢酸は、pHから見ても食酢より影響が少なく、またNaOClより安全と考えられる。 もう一つの試みを紹介しよう。2003年のOral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol Endod 608-13頁には、根管貼薬に使われる水酸化カルシウムの殺菌性をより高めるためにNaOClとの混合物ペーストが検討されている。通常の水酸化カルシウム/生理食塩水ペーストよりも水酸化カルシウム/NaOClペーストのほうが組織溶解性、殺菌性がすぐれているという。じつは、これについても、2002年の保存学会で筆者らは「新しい水酸化カルシウム系根管貼薬剤とその除去剤」という発表をしている(抄録:45巻特別号67頁)。根管内での次亜塩素酸塩の残留量を調べると、24時間後約30%、48時間後には残留しておらず、長期にわたって有害性を示すことはなく、安全と考えられた。ついでに、除去が難しいとされる根管内の水酸化カルシウムについても検討したところ、5〜10%乳酸1分間で細管内の水酸化カルシウムもほとんど除去された。なお、10〜20%乳酸が根管でのスメア除去に有効という報告は2004年J Prosthet Dent 540-5頁にある。 筆者らが以前に検討した、過酢酸、水酸化カルシウム/NaOClペースト、乳酸は、当時関心を持たれることはなかったのであるが、今回調べてみて、海外には同じようなことを考える人はいるものだとうれしく感じたのは確かである。筆者らの提案に納得して、臨床で秘かに実践されているものもある。現在の根管治療に疑問を感じ、もう少し何とかならないかと思っている歯科医の方にはぜひ試みてほしいと思う。多分また、EBMのことが問われるであろう。しかし、それにこだわり過ぎると患者は救われないというのが筆者のような患者の立場である。術者が納得し、患者も納得、同意すればよいことである。例えばNaOClにしても、10%市販品をそのまま使う必要はなく、術者の考えに基づいて、使用時に水道水で適宜希釈して治療に用いることは許されるであろう。患者としては、10% NaOClは怖ろしく(とくにラバーダムなしでは)、低濃度のほうが安心なのである。 (2011年11月30日)
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