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2013/10/24

第69回:垂直歯根破折の処置

最近、知人と話をしていて歯のことが話題になった。彼の話では、近頃奥歯の歯茎が腫れ、噛むと何となく痛みがあり、歯科医に診てもらった。すると、歯が割れており、しばらく様子を見てから抜歯することになるといわれたという。”破折歯は抜歯”というのが標準的な処置になっているのは確からしいが、我が国ではかなり以前から、抜歯せずに破折歯を接着して保存する処置を実践している歯科医がいることを知っているし、インターネット上でもそうした治療について言及している歯科医院もわずかではあるが散見される。

破折歯の接着保存に関する最新の情報は?と思い、最近の海外雑誌を探してみた。垂直歯根破折(Vertical Root Fracture、VRFと略)の接着保存についての症例報告が2008〜2011年の3雑誌に合わせて4報あり、そのいずれもトルコの異なる4大学からの報告である。それらは、1症例を除きすべて上顎前歯の処置(口腔外接着・再植法)であるが、用いた接着材や観察期間はそれぞれ異なっている。バリオリンクで1年半1症例、ビスタイトで4年1症例、パナビアF2.0で2年3症例、スーパーボンドC&Bで3年1症例(上顎小臼歯)であり、いずれもそれぞれの期間機能しており成功と評価している。それらで引用されているVRFの接着保存に関する文献はすべて2001〜2004年に我が国から出された論文であり、これに関する海外での臨床成績の報告は皆無に近いといってよい。それでは我が国でのこれまでの実情は?ということになり、少し調べてみる気になった。

我が国では、MMA-TBBレジン(スーパーボンドC&B、SBと略)を用いた接着によるVRFの保存治療が1982年から真坂信夫により試みられはじめ、1997年時点での臨床成績が「歯科用接着性レジンと新臨床の展開」(クインテッセンス出版、2001年)の中にまとめられている。機能維持期間は場合によりおよそ次のようになっている。抜歯せずに口腔内で接着する方法では、1982〜85年の症例を限定した場合には12/13例が10〜15年、適応を拡大した86〜88年では12/19例が9〜11年、その後の89〜97年では21/25例が1〜8年機能している。抜歯して口腔外で接着してから再植する方法では、89〜92年では16/21例が5〜8年、適応を拡大した93〜94年では13/18例が3〜4年、接着した破折部を回転させて歯槽窩内に再植する方法では95〜97年で42全例が1〜2年機能している。

真坂と同じころ長谷虎峰も接着保存の試みを始めている。傷害性咬合により破折した健全な有髄歯または無髄歯の治療をSBとメタルコアあるいはスクリューピンを組み合わせ、抜歯せずに口腔内で行っている。1983〜2002年に口腔内接着法で処置した前歯3、臼歯13症例について2003年時点での評価が2004年のクインテッセンスにまとめられている。機能率は、10〜20年の4例全例、4〜8年の6例中5例、1〜3年の6例全例であり、3年以上機能率は12/13であり、5症例で歯周炎が生じたこともあったが、それらを含めすべて正常に機能しており、第二大臼歯の5年での歯周腫脹・動揺による抜歯が唯一の失敗例である。長谷によれば、破折歯の割れ目の消毒、乾燥は接着の成否にかかわるが、消毒用エタノールによる洗浄は乾燥に効果的であり、モノマー液の濡れ、浸透に有利となるという。

その後、北海道大学の菅谷勉らによりSBを用いたVRFの接着保存に関する基礎的および臨床的研究が精力的に進められ、その治療法の有用性がかなり明らかになってきた。2001年のDental Traumatologyには、前歯10、臼歯13歯について、口腔内接着法11例、口腔外接着・再植法12例の処置の報告がある。口腔内接着法では、6月に深いポケットと不快感および11月に再破折で抜歯、残り9歯は14〜74月(平均33月)機能、再植法では、6月に深いポケットと動揺および28と29月に再破折で抜歯、残り9歯は5〜48月(平均22月)機能となっている。口腔内接着群と再植群を比較すると、前者は出血スコアが大きい傾向、また後者は6 mm以上の深いポケット症例が多い傾向にあった。なお、2006年の日本歯科医師会雑誌には、口腔内接着19歯および口腔外接着・再植43歯の1、2、5年生存率がそれぞれの場合、95、89、71%および98、92、78%と記されている。

菅谷によると、口腔内接着法では十分な清掃と十分な乾燥が重要である。さらに、清掃が十分でも、破折間隙全体をエッチング、水洗、乾燥し、SBの流し込みをする操作が必ずしも容易ではないことから、封鎖が不十分になって細菌が侵入、増殖して歯周組織に炎症を引き起こす可能性があるという。抜歯を行わないため外科的侵襲が少ない利点があり、破折が根尖に達しておらず、歯周組織に炎症のない初期破折などが適応だろうとしている。一方、口腔外接着・再植法の適応は、歯周組織に炎症が生じている症例である。このような場合には破折間隙の細菌汚染が著しく、その汚染を十分に取り除くことが重要であることから、一旦抜歯して処置することが必要となる。いずれにしても、破折歯根の接着治療を成功させるには、破折間隙の汚染の程度を診断し、確実に破折間隙の汚染を除去し、接着、封鎖することが要点となる。

SBによるVRFの接着保存の短期および長期成績を大阪大学の林美加子らが2002年と2004年のJournal of Endodonticsに報告している。1994〜2001年に口腔外接着・再植法により、垂直破折した前歯8、小臼歯14、大臼歯4歯を処置、メタルポストコアとフルクラウン修復を行い、4〜76月観察している。その結果は成功6、機能12、抜歯8であり、1、3、5年生存率はそれぞれ89、69、59%となっている。抜歯は、前歯では皆無であったが、臼歯では約半数、1年以内の歯肉炎症を伴う再破折による3例、膿瘍形成が原因である21〜26月の4例(いずれも小臼歯)および47月の大臼歯1例となっている。根尖に達するような臼歯の破折例では成功例はなく、ほとんどが抜歯となっている。全体として抜歯率は31%であり、そのすべての症例が炎症を伴うものであり歯周組織に不具合を生じている。結論的には、口腔外接着・再植法は前歯への適応が有望であるとしている。本報告の成績は、SBを用いた接着保存のほかでの成績にくらべるとやや見劣りしているように筆者には思えるが、SBの取扱いや手技上の問題が多少あったのではないかと推察している。(蛇足ながら、以前からSBによる破折歯の接着保存に取り組んでいる真坂や菅谷らの文献がまったく引用されていないことには残念な思いがした)。

はじめに記したトルコからの報告の話に戻るのだが、SBによる治療(International Endodontic Journal 2011年11号に掲載)以外はあまり期待できそうにない。菅谷らは、ネコの歯根を抜歯して垂直破折させてから接着、再植する実験において、SBでは骨や歯根の吸収はわずかであったが、パナビア、インパーバデュアル、ビスタイトでは歯根や骨の吸収あるいは歯根と骨の癒着が多いことを認めている。このことは、垂直破折歯根の接着治療は、SB以外の接着材では難しいことを示唆している。SBを利用した接着保存治療は世界に誇れる我が国独自の歯科技術であるが、世界的にはそうしたことが可能などとはほとんど考えられていないのではないかと思う。なぜトルコで近年関心が高まったのか知りたい気がする。

筆者のように患者の立場にある者としては、破折即抜歯というのではなく、少なくとも口腔内接着が可能と診断されるような症例に関しては、抜歯に代わる選択肢として接着保存も提示してほしいと思う。現状では、多分、”接着保存のエビデンスは?”という話になりかねないのであるが、筆者はEBM(エビデンスに基づく医療)概念の行き過ぎは必ずしも患者のためにならないと思っており、接着保存してそれが最終的に抜歯に至ったとしても、それは”ダメもと”治療であり、納得できるのである。患者にとって歯の寿命が延びることはありがたいことである。

(2011年10月29日)

付記:
垂直歯根破折については、次の解説および本ウェブサイトの動画が非常に参考になる。
・垂直歯根破折の診査・診断・接着治療:日本歯科医師会雑誌58巻12号1200-10頁 (2006)
(http://www.bookpark.jp/cm/contentdetail.asp?content_id=JDAB-200603-004で立ち読み、閲覧可能)
・スーパーボンドC&Bを用いた垂直歯根破折の治療

https://www.dentwave.com/member/movie/DWebinar/index.html#sugaya

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