第64回:インプラントをめぐるせめぎあい

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伝統的補綴治療への疑問とインプラントの重要性を主張した論文がある(Journal of Prosthodontics 2011年2号)。インプラント補綴では、従来の欠損歯補綴とは異なり、ブリッジのための歯の切削や部分義歯の支台歯のクラスプはなくなり、支台歯への負荷も軽減されるため、残存歯の保存に役立っているとする。その一方、ある人はインプラントのことを考えるとブリッジ治療は"時代錯誤"であるといい、またある人は歯周にトラブルのある歯を保存しようという"英雄的努力"はもはや不適切とまでいっているという。トラブルのある歯を何としても保存しようというのは今やベストな選択ではなく、インプラントの利用を考えるべきであるとし、欠損歯1〜2本、隣接歯が健全、無歯顎堤がインプラントに適合するような場合、とくに若年者の欠損歯の処置には、インプラントを選択すべきであると主張している。 1,377本のインプラントに隣接する2,589歯について調べた報告によると、合併症は非常に少なく、10年間での喪失歯はゼロ、5%がう蝕、0.4%が要歯内治療となった。失敗したブリッジの17%が支台歯の喪失に至ったという報告やブリッジに使用した支台歯は2〜10年で3〜23%要歯内治療になるというレビューがある。シングルインプラントとブリッジの成功率を比較すると、ブリッジ15年で66%、インプラント20年で91%などインプラントの成功率の高さを示すデータがある。さらに、インプラントおよび歯内治療歯のほうがブリッジよりも長期成績良好というレビューもある。ブリッジの支台としてトラブルのある天然歯の利用は減少、歯周トラブル歯は早期に戦略的に抜歯、インプラントの増加が現在の流れとなっているとしている。歯冠修復の支台として歯内治療歯を用いることは、その低成功率のため、証拠に基づいた適切な選択とはいえないだろうという。その一方で、二人の歯内専門医によるレビューでは、インプラントでの成功率62%は歯内治療成功率より劣るとし、天然歯列が"ベストなインプラント"であるとして、まずは健全な歯列の保存と修復をすべきだとしているという。さらにほかの歯内関係者のレビューでもインプラントに対し歯内治療へのバイアスが認められる。それに対し補綴関係者からはインプラントの優位性は疑うべくもないという反論が出されている。 失敗した根管治療歯の処置について費用対効果分析を行った報告がある(Journal of Endodontics 2011年3号)。上顎第一大臼歯を対象にして、非外科的再治療、マイクロ外科的歯内治療、抜歯後インプラント支台修復あるいはブリッジという4つの選択肢についての分析である。治療費は2009年米国歯科医師会調査の全国平均歯科料金、治療成績はメタ分析文献の中から選んだ生存率をおもに用いた。再治療はすべて全部被覆冠とした。外科的治療は、手術用顕微鏡、光ファイバー照明、マイクロ外科用器具、根尖形成用超音波装置を用いることに限定している。費用対効果は生存確率%/費用で計算した。治療費は一般歯科医と専門歯科医では当然異なる。例を次にあげる(カッコ内専門医)。非外科的再治療945ドル(歯内1,256)、マイクロ外科治療698ドル(歯内1,090)、歯冠延長553ドル(歯周924)、ポーセレンメタルクラウン945ドル(補綴1,380)、ポスト/コア270ドル(補綴398)、抜歯/ブリッジ2,957ドル(4,254)、抜歯/インプラント3,771ドル(4,570)。生存率は次の数値を採用した。非外科的再治療87%、マイクロ外科治療94%、ブリッジ89%、インプラント94.5%。 一般歯科医での効果/費用比は、マイクロ外科治療の0.135が最大、次いで非外科的再治療/歯冠修復の0.046、それにポスト/コア、歯冠延長あるいはその両者が付加されると0.040〜0.032と低下し、ブリッジ0.030、インプラント0.025となっている。専門歯科医では、治療費増加のため全体的に低くなり、マイクロ外科治療に始まる上記項目に対応する数値は、それぞれ0.086、0.033、0.029〜0.022、0.0209、0.0207となっているが、序列は同じである。非外科的再治療やブリッジの生存率を低く見積もった場合には、一部で序列が少し入れ替わるとしても、マイクロ外科治療がもっとも費用効果的であることは変わらない。マイクロ外科治療を除いたほかの治療での数値の差はそれほど大きくはないことから、インプラント費用が今後低下すれば、非外科的再治療より上位になる可能性も示唆されている。今回の結果は、2009年に発表された2件の文献での費用効果分析と逆になっているところがある。その一つは、非外科的再治療のほうが根尖外科よりよく、インプラントが最もよい(49回でも紹介した)というものであるが、その理由として、根尖外科失敗率のかなり大きな見積もり、英国との治療費や対象歯の違いをあげている。インプラントとブリッジを比較した別の文献では、前者の費用および成功率がともに後者より有利な数値で扱われているため、インプラント有利となっている。 このように歯科界では、それぞれの立場の違いを反映して、インプラントをめぐってせめぎあいが続いているが、患者はインプラント治療をどのように見ているであろうか?ブラジルでの調査が最近報告されている(Journal of Oral Rehabilitation 2011年5号)。無歯顎患者を対象にして、通常全部床義歯(CD)、インプラントオーバーデンチャー(IOD)、インプラント固定義歯(IFD)による治療の選択に関する質問を行ってまとめたものである。大学歯学部病院に来院した112人の被験者(33〜79歳、平均56歳;女性50%)に各治療内容を十分に説明した上で21項目の質問を行い、5段階の中から回答してもらった。被験者の71%が上下顎義歯、16%が下顎義歯のみ、12.5%は無義歯であり、全員これまでインプラント治療は受けたことはなく、義歯への不満は上顎33%、下顎39%であった。各治療の選択の様子を見ると、CD、IOD、IFDはそれぞれ上顎で53、20、28%、下顎で41、21、38%であり、45%の人が上顎CD、下顎IOD/IFDを、39%の人が上下顎ともCDを選択した。歯学部病院来院者は低所得者が通常多いそうであるが、今回の被験者では78%の人が所得普通以上と自己申告したということから、インプラントが敬遠され気味なのは、費用の高さもさることながら、治療の複雑さ、外科的リスク、治療期間などがかなり影響しているらしい。それにくらべ、CDが多く選択されたのは、機能的、質的に理想的とはいいがたいとはいえ、CDに対する不満足度は低く、無難で低費用というのが理由になっているようである。筆者には、IODよりIFDを多く選択というのは意外であったが、CDの選択はかなりよく理解できるものであった。 (2011年5月30日)
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