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2013/10/24

第59回:短縮歯列

第56回コラムで英国における欠損補綴治療の話題を取り上げ、その中で、英国の一般開業歯科医(GP)は上顎第一大臼歯欠損症例に対してどのような処置を選択するかの調査結果を紹介した。54%ものGPが“処置しない”を選択し、これは通常の両端ブリッジ64%に次いで多い数字であり、その選択には、歯科臨床事情に疎い筆者のような患者の立場としては、“それはひどいじゃないか”という思いがあった。ところが調べてみると、短縮歯列(Shortened Dental Arch:SDAと略)の概念に基づけば、“処置しない”も“あり”なのだということを知り、今回話題として取り上げることにした。

SDAの考え方は、1981年のKäyserらの提唱に始まり、欧州ではかなり認知されているようである。それは、少なくとも小臼歯部の咬合接触が存在する両側ないし片側の大臼歯2歯欠損程度であれば、顎口腔機能に問題を生ずることはない。しかしその一方、欠損補綴を行うことによる残存歯の二次う蝕や歯周炎の発症、欠損部顎堤の吸収などの懸念があり、それは義歯による補綴効果よりも大きいのではないかとする立場である。

これまでSDAについての本格的臨床研究はほとんど行われてきていなかったようであるが、我が国での研究2編が最近のJournal of Oral Rehabilitationに掲載されている。まず、37巻892-9頁(2010)に、下顎両側の第一、第二大臼歯の欠損症例に対して、60歳以上の高齢者がどのような補綴治療を選択するかという調査結果が大阪大学から報告されている。男性237、女性291人の被験者(60-69歳81%、70歳以上19%)に対して、5種類の補綴治療の選択肢についての写真、治療のやり方、各治療の利益・不利益などの説明を示したうえで、選択したくない(0)から選択する(100)に相当する10cmの線上のどこかに適当に印をつけてもらい、治療の効用価値(Utility Value、UVと略)を数値化した。選択肢は、カンチレバー義歯(FDP)、レジンあるいはメタルの部分義歯(RPD)、インプラント固定義歯、無補綴(SDA)。全体としては、FDPとメタルRPDの選択が最も多く(UVの平均値はそれぞれ61と58)、SDAは最低(UV25)であった。主観的な重視項目では、咀嚼能力と機能中に痛くないことがより多くあげられた。レジンRPDは義歯装着者および低治療費の点で肯定的、インプラントは義歯装着者およびより高年齢者で否定的な傾向があった。SDAは、男性、低治療費で肯定的、顔貌の点で否定的傾向にあった。結論としては、FDPとメタルRPDがインプラントやSDAよりも好まれる結果を示した。SDAは、生物学的には正しいとしても、患者の観点からは口腔保健の目標としては疑問であることが示唆されたとしている。ただし、本調査の被験者の多くは中流以上の階層に属すると考えられることから、結果を国全体の傾向として一般化するのはむずかしいとみている。

本論文には以下のような考察も記されている。欧州の調査では、歯科医はSDAの概念はよしとしつつも、実際の臨床ではあまり実行しておらず、そのような歯科医の言動の差は経済的な理由によると説明されている。2005年に報告された英国での患者に対する補綴治療の効用価値調査では、FDPのUVが63で最も高く、つづいてインプラント53、レジンRPD49、メタルRPD42の順で低くなり、SDAは最低の28であったという。そして、この調査の著者らによれば、この結果はWHOのいう20歯を残すことが口腔保健の適切な目標であるという見解を揺るがすものだという(我が国の8020運動の根拠も疑わしくなるのだろうか?)。この調査および阪大の結果はほぼ一致しており、SDAは患者には不評のようである。

2010年11月20日出版の同誌電子版には、東医歯大、阪大、昭和大、九大、広大、東北大、岡大が共同で行ったSDAにかかわる臨床研究結果の一部が報告されている。総数145名の少なくとも大臼歯2歯欠損のある被験者(25〜87歳、平均63歳、男性26%)に対し、治療せず(SDA、経過観察)、部分義歯(RPD)、インプラント固定部分義歯(IFPD)のどれを選択するかを調べたところ、41%がSDA、42%がRPD、17%がIFPDを選択したという。補綴の選択は歯の欠損状態により異なり、第二大臼歯のみ欠損では3%、第一、第二大臼歯欠損では58%、小臼歯も欠損では93%であった。補綴修復選択に係わる因子を調べると、若年齢、欠損歯の増加、非対称歯列、咀嚼しにくさが関係し、また欠損歯の増加および非対称歯列が咀嚼しにくさと関係していた。治療の評価、口腔保健に係わるQOLの評価などについては今後発表予定だという。

ドイツでは14大学共同で5年間の追跡調査を行う、SDAとRPDを比較する大規模な臨床研究が2005年から進んでいる。その内容はTrials (2010)11:15に掲載されている(http://www.trialsjournal.com/content/11/1/15で閲覧可能)。大臼歯欠損のある35歳以上の患者215人をSDA106人、RPD109人に分け、歯の喪失、歯の状態、口腔機能、咬合状態、補綴物の変化、被験者からの口腔保健に係わるQOL情報などについて、6月、1、2、3、4、5年間追跡する調査である。その中間報告として、38月までの歯の喪失に関するデータがJournal of Dental Research (2010)89巻818-22に掲載されている。それによれば、RPDおよびSDAにおいて、それぞれ、歯の喪失は13と9歯、38月での生存率は0.83と0.86であり、有意差はないという。5年のまとめがどのようなことになるのか、近い将来発表されるのを楽しみに待つことにしたい。

奥歯が多少なくともモノを噛むのに不自由しない、義歯を外したままにしても不自由しない、義歯はかえって食事の邪魔になる、などという人がいることも事実である。これらの人は少なくともSDA適応となりそうな患者である。しかし、我が国の医科保険診療でクスリをもらわないと安心しない患者が多いという国民性からすると、歯科でも“何かしてもらわないと気がすまない”という傾向は否めない。しかし、患者に“何もしてくれない”と不満をいわれるのではなく、部分義歯やインプラントなどの補綴と同様に、SDAも補綴せずに経過観察を行うという公認された一つの補綴・治療方法であることを説明、納得してもらうことも必要であろう。

一方、我が国の歯科教育・治療では、欠損部の対合歯の浮き上がりや隣接歯の移動、顎関節症などの問題が強調され、義歯を装着するように教え、また患者への説明もそのようにしてきたのではないかと筆者は想像している。それと、“なにかしないと報酬が得られない保険診療”中心の日本の歯科医療では、SDAは歯科医療関係者には受け入れられにくい概念であることは理解している。SDAの臨床研究が進んでいることから、近い将来SDAの位置づけがより明確になるであろうが、我が国でもSDAの考え方が歯科医療関係者および患者に今後浸透していくとすると、保険診療・報酬のあり方を見直さざるを得ないであろう。

修復領域でかなり認識されるようになっているミニマムインターベンションの考え方に基づけば、補綴介入も必要最低限にというSDAの概念が、補綴領域にも適用されてもよいであろうと思う。筆者としては、今後SDA状態になった時には、まずは経過観察を選択し、多少“口腔保健に係わるQOL”が低下したとしても、できるだけ補綴は回避したいと思っている。

(2010年12月26日)

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