▶新規会員登録

記事

2013/10/24

第57回:くさび状欠損の原因は歯のくいしばり?

1ヶ月ほど前NHKテレビ番組“ためしてガッテン”で「痛!歯がしみる割れる本当は怖い!知覚過敏」という放送があった。かなり関心のある知覚過敏のこともあって視聴した。大した内容ではなかったのだが、一つだけ気になったことがある。それはくさび状欠損(WSD)のことである。知覚過敏の原因には歯周病とWSDがあるとしたうえで、WSDは近年まで歯のみがき過ぎが原因と考えられていたが、最新の研究で“歯のくいしばり”が原因であることがわかってきたという。WSDの原因についてこれまでまったく関心を持たなかった筆者であるが、番組でいうとおり、歯のみがき過ぎが原因だろうと何となく考えていたような気がする。しかしWSDの経験からすると“歯のくいしばり”はあまりピンとこない。懇意にしている歯科医にたずねてみると“それは常識ですよ”という。しかしどうも納得しがたく少し調べてみたのだが、番組のように断定的にいうのは問題があり、“歯のくいしばり”もWSDの原因の一つと考えるのが妥当だと思っている。

“歯のくいしばり”によりWSDになるというのは、強い咬合力が歯頸部でのエナメル質の微小破壊を起こすというアブフラクション(Abfraction)説に基づくものである。これに従うと、ブラキシズム患者ではよりWSDあるいは歯頸部欠損を起こしやすくなる可能性が考えられるのだが、それを調べた最近の報告がある(Journal of Prosthodontics 18巻(2009)450-4)。119人の被験者を次の3群に分けた。咬合面・切端が平らで対合歯と正確にかみ合っているブラキシズム群31人、切端や咬合面の陥没、口蓋面の損耗、平滑で丸い形の欠損を含む損耗の徴候のある複合歯耗*群22人、比較対照群66人(*tooth wearの意訳、第43回参照)。 歯の損耗の程度は、なし、エナメル質、象牙質の露出3分の1以下とそれ以上、歯髄露出の0〜5段階で評価。被験者には酸性飲食物の摂取、歯ぎしり・かみしめなどの異常機能、歯みがきなどについての質問を行っている。

歯頸部の損耗は、ブラキシおよび複合歯耗群は対照群にくらべ有意に激しかったが、この前者の2群間では有意差はなかった。歯頸部と咬合面の損耗度に関しスピアマンの順位相関をみると、ブラキシ群では無関係であったが(相関係数r=0.1、p=0.59)、複合歯耗群(r=0.74、p=0.001)と対照群(r=0.45、p=0.001)では相関性が認められた。ブラキシ群では強い相関性が予想されたはずであったが、そういうことにはならなかった。酸性飲料の摂取を比較すると、 1日に5缶以上の炭酸飲料ないしは5杯以上の酸性の果実ジュースを摂取する率は、複合歯耗群78%、ブラキシ群19%、対照群1%となっており、複合歯耗群はほかの2群にくらべ、またブラキシ群は対照群にくらべ、それぞれ有意に摂取が多かった。異常機能はブラキシ群100%、複合歯耗群22%、対照群2%であり、ブラキシおよび複合歯耗群では対照群にくらべより多くの咬合異常機能が認められた。対照群はほかの2群にくらべ歯みがきの回数が多かった。こうした結果を踏まえ、歯頸部欠損の原因はおそらく多因子的であり、現在のところ原因を断定的にいうことはむずかしいという。

咬合力により生ずる応力がアブフラクションの発生と進行に影響するとすれば、空口運動時の歯の咬合を調整して咬合力を減らすと、現在ある欠損の進みぐあいに影響があるのではないかということを調べた報告がある(Operative Dentistry 34巻(2009)273-9)。上顎に非う蝕性歯頸部欠損のある被験者39人(31〜70歳、平均51歳)を対象にして、側方滑走運動中にグループ機能している2歯(右側の第一と第二小臼歯の組合せが多い)を選び、その一方に咬合調整を施して比較した。咬合調整では、中心咬合接触はそのままにし、滑走咬合接触部をバーで削った(40μmの赤、青の咬合紙を利用)。0、6、18、30月に欠損部の印象を採り、エポキシ樹脂で歯型を作製、切断して欠損部の大きさを測定した(写真撮影後にコンピュータにより画像処理・計測)。

被験者上顎の歯頸部欠損歯の分布割合(%)は、右小臼歯55、左小臼歯26、右大臼歯11、左大臼歯8%で小臼歯が圧倒的に多かった。0月を基準とした欠損部面積(mm2)の増加は、6、18、30月後の咬合無調整群および咬合調整群でそれぞれ0.06、0.142、0.202および0.08、0.158、0.225であり、有意差はなかった。したがって、咬合調整しても非う蝕性歯頸部欠損の進行は抑制できず、歯みがきによる摩耗や酸蝕などの因子が歯の損耗に関与していると考えられるとしている。

WSDの原因は“歯のくいしばり”という常識がいつ頃から歯科界に定着したのか、アブフラクション説が唱えられた1980年代半ば以降であろうが、筆者にはまったく見当がつかない。歯の損耗の原因として、咬耗、摩耗、酸蝕、アブフラクションが通常あげられているが、歯頸部欠損では咬耗は考えにくいのでこれを除くと3原因が残る。そのうちアブフラクションのみをとくに強調するのはあまり妥当ではないというのが今回紹介した最近の2論文の示唆である。やや古い2006年のJournal of Dental Research 85巻306-12頁に“非う蝕性歯頸部欠損とアブフラクション、酸蝕、摩耗の役割”というレビューがまとめられているが、アブフラクション説はおもに有限要素法などを用いた実験室データに基づいて検証されており、臨床的に検証されているわけではないとし、アブフラクションは本当にあるのかと疑問を投げかけている。

“WSDの原因は歯のくいしばり”が強調されすぎると、それが無意識的に行われる異常機能の面があることから、WSDは人為的コントロールのできない自然発生的なものであり、その発生・進行はやむを得ないという気分になりかねない懸念がある。その一方、人為的コントロールが可能である、酸蝕の原因となる酸性の清涼飲料・ジュース・果物などの過剰摂取や摩耗の原因となる歯の磨き過ぎへの注意が薄れる危険性がある。いずれにせよWSDは生活習慣病の一種と考えて対処すべきであろう。このことを書きながら、“う蝕は感染症である”という“常識”のことを思い出した。この説も臨床ベースではなく、おもにハムスターやラットでの実験に基づいたものではあったが広く信じられた。しかし、その後、さまざまな臨床試験結果が出されるにしたがい、通常の感染症の定義にはなじみにくいこの説は疑問視されるようになったと筆者は理解している。したがって、う蝕も感染症ではなく食生活が影響する生活習慣病として対処すべきだと思っているのはWSDの場合と同じである。

(2010年10月28日)

記事一覧
プロフィール 第122回:清涼飲料の酸蝕性と酸蝕症(2016/08/01)第121回:セラミックインレー/アンレーの寿命(2016/07/12)第120回:最近のう蝕治療の考え方(2016/06/03)第119回:患者の望む歯科医療(2016/05/10)第118回:根管治療に関する記事へのコメント(2016/03/31)第117回:レジン修復と二次う蝕(2016/03/01)第116回:歯科インプラントは万能かそれとも歯の保存に努力すべきか(2016/02/01)第115回:ハイブリッドレジン、ジルコニアの接着(2015/12/16)第114回:ハイブリッドレジン製CAD/CAM冠の脱離(2015/11/10)第113回:歯周病にまつわる最近の論文から(2015/10/08)第112回:光線力学的治療(Photodynamic therapy, PDT)の医療における利用(2015/09/01)第111回:慢性歯周炎治療におけるスケーリング・ルートプレーニングと補助療法の効果(2015/08/03)第110回:破折歯の診断と処置(2015/06/29)第109回:グラスファイバーポストを利用した支台築造(2015/05/18)第108回:バルクフィルレジンについて考える(2015/04/07)第107回:う蝕乳臼歯の治療の見直し(2015/03/03)第106回:臼歯のコンポジットレジン修復物の寿命(2015/01/19)第105回:CAD/CAMの保険導入と今後(2014/12/02)第104回:非う蝕性歯頸部欠損の修復(2014/10/27)第103回:MTAをめぐる動き(2014/09/18)第102回:EPAとDHA神話の行方(2014/08/12)第101回:深在性う蝕の治療―銅セメントはよみがえるか?(2014/07/22)第100回:歯科における接着―その源流(2014/06/11)第99回:インプラントの不具合と医療機関の対応(2014/05/02)第98回:歯科のかかわりが疑われる医原性疾患(2014/04/09)第97回:ノンクラスプデンチャーについて考える(2014/03/07)第96回:知覚過敏抑制材料(2014/02/10)第95回:根管治療の新しい試み(2014/01/06)第94回:根尖性歯周炎の全身への影響と治療(2013/12/03)第93回:歯の保存かインプラントか(2013/11/14)第92回:歯耗(Tooth Wear)の発生状況とそのリスク因子(2013/10/24)第91回:予防指向の歯科医療(2013/10/24)第90回:初期う蝕の革命的処置法(2013/10/24)第89回:う蝕治療の再考を!(2013/10/24)第88回:国民の医療・保健への歯科界の貢献に期待する(2013/10/24)第87回:修復物のリペア(2013/10/24)第86回:英国版歯科疾患実態調査と歯周診査のありかた(2013/10/24)第85回:早急に"代用合金"から脱皮を!(2013/10/24)第84回:根管治療歯は時限爆弾?(2013/10/24)第83回:歯質接着システムは進化している?(2013/10/24)第82回:生活歯髄治療の成績(2013/10/24)第81回:薬事工業生産動態調査から見た歯科材料の動き(2013/10/24)第80回:平成23年歯科疾患実態調査について(2013/10/24)第79回:深在性う蝕の治療―窩底軟化象牙質をどうするか(2013/10/24)第78回:根管治療成績について考える(2013/10/24)第77回:歯みがき後のうがい ―フッ化物配合歯磨剤のう蝕予防効果を高めるには―(2013/10/24)第76回:成人のう蝕予防(2013/10/24)第75回:メタルボンドか、オールセラミッククラウンか(2013/10/24)第74回:糖尿病対策と歯科への期待(2013/10/24)第73回:インプラント義歯の保険導入(2013/10/24)第72回:不況は米国の歯科界にどのような影響を及ぼしているか(2013/10/24)第71回:う蝕乳臼歯処置の新たな選択肢(2013/10/24)第70回:根管治療の見直しと新しい試みを!(2013/10/24)第69回:垂直歯根破折の処置(2013/10/24)第68回:コンポジットレジンのリペア(2013/10/24)第67回:Siloraneモノマーをベースとする画期的コンポジットレジン(2013/10/24)第66回:歯科金属アレルギーと慢性疲労症候群(2013/10/24)第65回:根管の化学的清掃(2013/10/24)第64回:インプラントをめぐるせめぎあい(2013/10/24)第63回:メタボリックシンドロームと歯周病(2013/10/24)第62回:東日本大震災によせて(2013/10/24)第61回:象牙質知覚過敏の治療(2013/10/24)第60回:支台築造をめぐって(2013/10/24)第59回:短縮歯列(2013/10/24)第58回:インプラント歯科の教育をどうするか(2013/10/24)第57回:くさび状欠損の原因は歯のくいしばり?(2013/10/24)第56回:英国における最近の欠損補綴治療(2013/10/24)第55回:う蝕治療にどう対応するか?(2013/10/24)第54回:根管充填をめぐる話―日本歯内療法学会から(2013/10/24)第53回:う蝕が減るとどうなる?(2013/10/24)第52回:接着性レジンシーラーの前途はどうなる?(2013/10/24)第51回:ビスフェノールA(BPA)をめぐる最近の動き(2013/10/24)第50回:総義歯の将来(2013/10/24)第49回:インプラントブームについて考える(2013/10/24)第48回:ミニマルインターベンションに基づく修復(2013/10/24)第47回:金パラ(2013/10/24)第46回:東京デンタルショー2009(2013/10/24)第45回:歯と全身の病気の関係(2013/10/24)第44回:増原英一先生のご逝去を悼んで(2013/10/24)第43回:歯耗 -Tooth Wearー(2013/10/24)第42回:ジルコニアはフッ酸でエッチングできる?(2013/10/24)第41回:ポリフェノールと歯科における効用(2013/10/24)第40回:修復物からのフッ素放出の効果(2013/10/24)第39回:インパクトファクター(2013/10/24)第38回:英国の歯科治療(2013/10/24)第37回:ホルムクレゾールをめぐる論争(2013/10/24)第36回:ファイバーポストについて(2013/10/24)第35回:セルフエッチングシステムについて考える(2013/10/24)第34回:日本デンタルショー2008から(2013/10/24)第33回:義歯と義歯安定剤(2013/10/24)第32回:歯頸部欠損の修復(2013/10/24)第31回:セルフアドヒーシブ・ルーティングセメント(2013/10/24)第30回:接着ブリッジ(2013/10/24)第29回:日本歯科保存学会春季学術大会講演抄録集を見て(2013/10/24)第28回:日本歯科理工学会学術講演会から(2013/10/24)第27回:根管治療結果の大規模調査(2013/10/24)第26回:光重合について考える(2013/10/24)第25回:インプラントの普及とブリッジ(2013/10/24)第24回:アマルガムは何で代替されたか(2013/10/24)第23回:歯科におけるミニマル・インターベンション(2013/10/24)第22回:日本歯科保存学会講演抄録集を見て(2013/10/24)第21回:アマルガムはどうなっているか(2013/10/24)第20回:歯を失う原因(2013/10/24)第19回:5月の学会学術講演会の講演集から(2013/10/24)第18回:レジンの硬化や接着に好ましくない影響を及ぼすもの(2013/10/24)第17回:日本歯科保存学会に出席して(2013/10/24)第16回:むし歯予防週間によせて(2013/10/24)第15回:水酸化カルシウムとFC(続)(2013/10/24)第14回:水酸化カルシウムとFC(2013/10/24)第13回「納豆でダイエット」と食育(2013/10/24)第12回:デュアルキュア(2013/10/24)第11回:改正薬事法と歯科器材(2013/10/24)第10回:歯のホワイトニング(2013/10/24)第9回:最近のコンポジットレジン(2013/10/24)第8回:ファイバーポスト(2013/10/24)第7回:HEMAのはなし(2013/10/24)第6回:根管治療かインプラントか(2013/10/24)第5回:MT教授の特別講演(2013/10/24)第4回:金属アレルギーと歯科治療(2013/10/24)第3回:接着歯内療法(2013/10/24)第2回:合着と接着(2013/10/24)第1回:歯科における接着の話(2013/10/24)

新着ピックアップ


第112回歯科医師国家試験の総評と今後の展望

難易度高過ぎ!?現役歯科医師らが歯科医師国家試験に物申す

がん患者さんの口腔管理

医療広告ガイドライン対策