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2013/10/24

第55回:う蝕治療にどう対応するか?

今回の話題は、う蝕治療におけるMinimal Intervention (MIと略記)について記した48回コラムの続きのようなものである。その時は九州大学病院歯科におけるう蝕のMI修復についての調査結果を取り上げ、MI治療が必ずしもよく行きわたっていないことがうかがえた。海外での実情はどうであろうか?その一端を知ることができるアンケート調査結果が米国歯科医師会雑誌(JADA)141巻2号171-184 (2010)に載っている。

Dental Practice-Based Research Networkという集団に属している、回答者の地域が米国4地域と北欧(デンマーク、ノルウェー、スウェーデン)、診療のタイプが1〜3人の少人数タイプと大きなグループ・組織に属する大人数タイプあるいは公衆衛生、である一般歯科医517名(歯学部卒業後平均20±10年)の調査である。回答者の地域およびそこでの診療のタイプ(カッコ内)の比率は次のようである。アラバマ/ミシシッピ57%(少人数99%)、フロリダ/ジョージア20%(少人数99%)、オレゴン10%(大人数100%)、北欧7%(少人数55%、公衆衛生45%)、ミネソタ6%(少人数13%、大人数87%)。このように、南部2地域の回答者が77%と圧倒的に多くそのほとんどが1〜3人での診療、北部2地域の回答者は16%でそのほとんどが大きな歯科医療グループ(ミネソタ)や歯科医療法人(オレゴン、Permanente Dental Associates、少しの専門医と一般歯科医からなる約110人の集団)に属しているという回答者の特徴がある。

図1に記したような症例(論文には3枚の症例写真も掲載されている)について、どのような治療を選択するかという調査である。治療の選択肢は次のようである。①治療しない、②予防的治療のみ(フッ化物の利用、シーラント、クロルヘキシジンの利用など)、③外科的治療[最低限の侵襲的治療のみ; 修復治療のみ(アマルガム、コンポジットレジン、間接修復); 予防的治療とMI治療; 予防的治療と修復治療]。結果は図1のようである。エナメル質内側および象牙質外側の病変に対して外科的治療を選択する歯科医は、それぞれ低う蝕リスク患者で63、90%、高う蝕リスク患者で77、94%となっている。なお、外科的治療の内容は症例により異なる。症例1〜3において、MI治療のみはそれぞれ低う蝕リスク患者で65、65、41%、高う蝕リスク患者で40、34、16%であり、修復治療のみは低う蝕リスク患者で3、10、30%、高う蝕リスク患者で6、17、33%となっている。

対処の仕方はいくつかの因子で特徴が現れている.地域については、アラバマ/ミシシッピにくらべてほかの4地域では低う蝕リスク患者に対するエナメル病変への外科的治療に消極的。高う蝕リスク患者の例ではオレゴンは象牙質外側の外科的治療に消極的。診療のタイプでは大人数グループは1〜3人グループにくらべエナメル病変の外科的治療に消極的。患者のう蝕リスク評価を全体では72%がしているが、南部2地域ではほかより約30%低い。う蝕リスク評価をした歯科医は象牙質病変の治療に消極的。

症例3の外科的治療について南部2地域の歯科医と他地域の歯科医とでは明確な違いがある。これは、これら地域では個人ないしは少人数診療の多いことが影響しているらしい。大人数グループに属する歯科医は包括的医療機関の一部として診療し、固定給を受け取り、標準化されたトレーニングを受け、研修プログラムに参加もでき、新しい情報に基づきよりMI的治療を施せる状態にある。一方、個人診療医は、新しい情報に接する機会に乏しく、さらに、経営的考慮から、MI的治療よりは従来からの外科的治療を指向しやすくなる。

う窩のない病変の非侵襲的治療は、研究および国内のコンセンサスで検証されている。それにもかかわらず、初期う蝕病変でも外科的治療をする歯科医が依然として少なからずいる。それは、診療が少人数あるいは大人数タイプかで顕著な差が出ている。この違いは、新しい情報が診療に取り入れられる速さにかなり関係している。その速さは大グループのほうが個人診療におけるより速やかである。一般的に、研究が臨床診療に導入されるのは遅いプロセスであり、新しい科学が日常の臨床診療に導入されには平均17年を要するという論文が引用されている。

う蝕治療に関し、我が国ではJADAでの調査結果よりもMIの普及は進んでいない気がする。北欧の歯科医はエナメル質に限局した病変は修復せず、象牙質を含む咬合面には修復を選択したと著者らは記している。そして、北欧の歯学部では予防と修復歯科をう蝕学として一つのカリキュラムにし、う蝕の活性度の診断や患者の実際のう蝕リスクをう蝕治療の基礎においているそうである。北米の歯学部でそうした概念が取り入れられたのは比較的近年のことだという。さらに、北欧では最初の修復充填についての制限的基準を設けたことにより、治療のし過ぎを抑えその結果としての医療費の抑制が可能ではないかということが付け加えられている。我が国の歯科教育がMI先進国にくらべどのような状況にあるかは筆者には残念ながらわからない。

歯学部教育もさることながら、MIについての啓発が不足しているのではないかと感じている。日本歯科保存学会では「MIを理念としたエビデンス(根拠)とコンセンサス(合意)に基づくう蝕治療ガイドライン」をまとめ、2009年10月公開している(永末書店、2009)。その作成の労は多とするものであるが、その内容の全部とはいわないまでも、要点は学会のホームページでも公開するのが望ましいと思う。保存学会は、“日本における歯科保存学の研究、教育、医療及び予防を発展普及させ、もって国民の健康の増進並びに公益に寄与することを目的とし”、事業の一環として、“ホームページ等による歯科保存学に関する普及啓発”を掲げている。“国民の健康の増進、公益”の観点から、MIの啓発・普及が必要な時期になっており、ホームページの活用は有力な手段である。なお、16項目のクリニカル・クエスチョンからなるガイドラインの中に、患者のう蝕リスク評価に関係する項目が見当たらないようであるが、どうしたわけであろう。

MIの普及には、歯科医療関係者、患者、社会にとって利益となるように、MI治療とその結果としての医療費の抑制という方向で、抜本的に医療保険制度を改革する必要がある。そうでもしないかぎり、MIを本格的に推進しようという機運はなかなか生まれにくいであろうと想像される。

(2010年8月29日)

付記: このコラムを読まれた歯科医の方々、症例写真がなくて不都合でしょうが、図1に記した症例に対してどのような治療を選択されるでしょうか?試しにお考えになってみてください。日本歯科理工学会誌29巻1号(1-20頁)・3号(213-236頁)(2010)に、修復から補綴、インプラントまでを含む“MIを考える”という特集が組まれている。MIの最近の事情を知るには役に立とう。

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