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2013/10/24

第49回:インプラントブームについて考える

この1月には歯科界にとって残念な、いわゆる”インプラントの使いまわし事件“があった。これは、歯科医の間での近年のインプラントブームの中で起きた不幸な事件である。インプラント治療は、まとまった収入が期待できるため、低い保険診療報酬で経営的に苦しい歯科診療所にとってはまさに”救世主“的存在となっているらしい現実がある。しかし、派手なインターネット上の広告などを見るにつけ、必要性が乏しい患者へのインプラントやいいかげんなインプラント治療が一部で横行しているのではないかという疑念がないでもなく、訴訟や患者とのトラブルが増えているとも聞いている。

インプラントは本当にブームなのだろうか?と思い、その参考になるようなデータを探してみた。日本歯科医学会に属し、インプラントに関係ありそうな学会の会員数およびインプラントの出荷金額の最近の推移を示したのが下図である(学会名にはすべて“日本”が冠されているが省略。出荷金額の統計が公表されているのは2007年までである)。2000年には会員約4千人であった口腔インプラント学会は、近年異常ともいえる増加を示し、昨年9月には歯科で最大の1.1万人という会員を擁するまでになり、これは全歯科医の約1割に相当する。かなりの増加傾向を示す歯周病学会と漸増傾向の口腔外科学会にもインプラントへのかかわり方の程度に応じてブームの影響が現れているようであるが、インプラントとは直接的なかかわりの少ない保存学会は約4.5千人、図には示してないが補綴歯科学会、矯正歯科学会はそれぞれ約6.5千人、6千人でいずれの学会とも近年はほぼ横ばい傾向が続いている。一方、インプラントの出荷金額を見ると、2000年の32億円から年々増加して2007年には112億円となっている。2007年では一時的に減少傾向となっているが、これは2006年の出荷増の反動とも受け取れ、2008年以後は再び増加に転じているであろうと思われる。いずれにしても、インプラントは近年ブームであることは確からしい。

会員数推移

このようにブームのインプラントであるが、インプラントの必要性がどの程度あるのかの判断の参考になるような、英国の研究者たちの論文“従来手法による根管治療とインプラント置換の費用効果分析”がInternational Endodontic Journal 42巻874-883頁(2009)に載っている。さまざまな年齢の男性を対象に、不可逆性歯髄炎があり歯冠部はポストクラウン修復を要するほどの欠損のある上顎中切歯の治療を行うことを想定し、その治療として6選択肢をあげ、それについて一生涯の費用効果分析を行った。選択肢は、抜歯/接着ブリッジ、抜歯/通常ブリッジ、抜歯/部分義歯、根管治療(以後根治と略)/ポストクラウン(修復物の補修、取替えあるいは根管充填を含む)、抜歯/インプラント支台の歯冠(1回、2回それ以後の修復を含む)、支台部なしのインプラントのみ。このような治療につき、不具合が起きる確率を6ヵ月ごとに、患者が100歳あるいは死亡するまでの一生涯にわたり計算した。

初期治療とその後の修復物の不具合により必要となる治療の組合せは多岐にわたるが、次のような10の戦略をあげて計算した。抜歯(ブリッジ/部分義歯)、根治、根治/再根治、根治/外科的根治、根治/インプラント、根治/インプラント/2回目インプラント、根治/再根治/インプラント、根治/外科的根治/インプラント、インプラント、インプラント/2回目インプラント。すべての戦略において、失敗した場合の最終処置はブリッジ/部分義歯である。結果としては、まず根治することが費用効果的戦略であり、抜歯/ブリッジ・義歯戦略にくらべても、生涯コストも相対的に低い。根治が失敗した場合の再根治も費用効果的アプローチであるといってよく、抜歯/ブリッジ・義歯戦略にくらべ生涯コストはやや高いがそれほど高いものではない。外科的再根治は、外科的治療が必要とされる場合は除くが、大体において費用効果的ではない。インプラントは高価であり、根治が2回失敗したあとに費用効果的となり、最初のオプションとしては費用効果的ではない。こうした計算はこれまで報告されたことはないようであるが、どう見ても根治はインプラント治療より優位にあるらしい。

インプラントブームの一方で、歯の保存にできるかぎりの努力をされている歯科医も少なくないであろうと思う。本稿をまとめつつあった時に、たまたま「抜かず、削らず 歯を治す」(講談社・健康ライブラリー)という本を著者の齋藤季夫氏からいただいた。同氏は我が国の歯科接着臨床の草分け的存在であり、40年近くにわたり接着を活用した歯科治療を実践され、それを一般の人向けにまとめられたのが本書である。様々な臨床例が豊富に紹介されているが、同氏の動揺歯の固定などを含む保存的治療は、抜歯/インプラント治療の対極をなすものといってよかろう。一般向けとはいえ、インプラントに傾きがちな歯科医の方にもぜひ一読してほしいという気がした。

現在は歯科医主導で進むインプラントブームであるが、筆者のような患者側からすると、インプラントがどのような場合にどの程度必要で有用なのかという疑問がある。上で紹介した論文の費用効果分析は根治とインプラントに関する前歯1例についての英国における計算であり、我が国とは当然事情が種々異なることもあるであろうが、どうもインプラントは費用効果的ではなさそうである。根治ではなく、インプラント適用が多いと思われる動揺歯に関し、固定治療とインプラント治療について費用効果分析するとどうなるであろうか興味がある。筆者としては、インプラントの前に、根治、動揺歯の固定などの保存的治療を十分やってほしい。今回の“インプラントの使いまわし事件”は、患者側もインプラントに対する知識、理解を多少深める機会になったとすれば良かったことかもしれないと思う。なお、今回の事件は、いつまでもインプラントブームが続くことはないという示唆をしているようにも筆者には感じられた。

(2010年2月28日)

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