第38回:英国の歯科治療

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Journal of Dentistry2009年37巻1号4〜43頁に特集「イングランドとウェールズにおける一般歯科診療における修復物の生存率」として同じ二人の著者による5編の論文が載っている。これは、1991〜2001年に両地方で国民健康保険により受診した8.5万人の診療報酬請求データベースをもとに、1回以上の間接修復治療を受けた患者につき様々な観点からの分析したものである。じつは、今回の特集に先立ち、同じ11年間に1回以上の直接修復治療を受けた患者の修復についての分析も2005年33巻10号791〜847頁に今回の著者も含む三人での5編の論文が掲載されている。これらの論文からは英国における国民健康保険での歯科治療の様子が垣間見られるとともに、この種のデータ分析は行われたことがないと思われることもあって、筆者には非常に興味深かった。一部を紹介しよう。 それにしても、なぜこのようにやや古い統計の論文を今さら、という気がしないでもなかったが、英国の国民健康保険制度(National Health Service, NHS)は、2006年に大改革が行われ、今回分析に利用したようなデータは今後入手が難しくなるということも背景にあったようである。なお、NHSは、上記2地方、スコットランド、北アイルランドの四つ分割され、国から配分された予算に基づきそれぞれ独立して運営されており、今回は2地方のデータベースのみが利用された。 2.3万人の患者、総計5.2万歯に対する間接修復は、メタルボンドクラウン73%、メタルクラウン15%、ポーセレンラミネートベニア5%、金インレー4%、ポーセレンジャケットクラウン3%であり(ブリッジは除外)、歯の部位、修復物のタイプ、患者の性別・年齢・支払状況・歯科医との関係・通院頻度、歯科医の性別・年齢・資格、日時、地域など多方面から分析されている。一度治療した歯について再度診療報酬請求されるまでの期間を生存期間として生存率を計算している。全体としての5年生存率は75%、10年生存率は61%であったが、ベニア、インレーにくらべクラウンの成績が最もよかった。 4.7万修復歯のクラウン(80%がメタルボンド)を分析すると、10年生存率はメタル68%、オールポーセレン48%であり、生存年数は、フルメタルクラウンはメタルセラミックやオールセラミック冠にくらべて長かった。これらクラウンでは1万歯が再治療(そのうち83%はメタルボンド)となったが、その内容は、再合着36%、新規クラウン17%、直接修復13%、根管治療12%、抜歯または義歯19%であった。クラウン修復後の期間が長いと抜歯あるいは直接修復の比率が高くなり、再合着の比率は低くなった。再合着が多いのはセメントが従来型であり、接着性にすぐれたレジンセメントの利用が少ないためであろうという考察が記されている(2001年ではレジンセメントの利用は10%という報告があるという)。 一方、直接修復では、8.2万人、総計50.4万歯の修復内容は、アマルガム(AG)60%、コンポジットレジン(CR)25%、グラスアイオノマー(GI)13%、根管充填2%となっており、AGが圧倒的に多かった。8.2万人のうち8万人が10年以内に再受診し、総計で27万コースのAG、CR、GIによる再修復治療を受けた。10年生存率を比較すると、単純窩洞のAG58%が最もすぐれ、次いでCR43%、GI38%であった。全体としては、再治療時までの平均年数8.6年、10年生存率は約47%と推定された。再治療では、AGとCRの修復物は60%以上がそれぞれ同じ材料で修復されたが、GI修復物ではGIは40%以下であり、GIの代わりにCRやAGで修復された。直接修復以外の再治療では、AG修復物では抜歯とクラウン、GI修復物では抜歯がかなり多い傾向にあった。 間接修復に比べ、直接修復歯数は約10倍と圧倒的に多くなっているが、とくに臼歯部に関連すると思われる修復ではその差はさらに顕著となっている。メタルのインレーおよびクラウンでの修復数約1万にくらべ、AGでの修復数は約30万であり、英国の健康保険による臼歯部修復はほとんどがAGにより行われていたようである。このAG充填の多さは、当時の我が国ではAG充填は急減していたのとは対照的である。英国のAG充填は、新制度に移行後も増加することはあっても減少することはないと推測される。 論文で取り扱われた当時の保険診療は診療行為別の出来高払い制であったが、2006年3月でこれは廃止され、同年4月からは患者はバンド1〜3という3段階の定額負担制、歯科医への報酬は総額請負制という新制度が導入された。16.2£のバンド1は検査、X線、スケーリング、簡単な処置など、44.6£のバンド2は充填、抜歯、根管治療など、198£のバンド3はクラウン、ブリッジ、義歯など、がそれぞれの診療内容となっている。しかし、新制度に対しては患者、歯科医の不満が多く、移行は円滑には進んでいないようである。2001年のある調査では、英国の一般開業歯科医の50%は85%以上の患者をNHSで治療し、25%は70%以上の患者を私費治療しているとあり、多くの患者はNHS治療を多く受けていたと思われる。しかし、制度改革にともない歯科医のNHS診療離れが起き、患者は治療してもらえる歯科医を見つけにくくなり、治療にも変化が現れているという。新制度移行から1年経過後の2007年4月〜2008年3月の約1万コースの調査と2003/2004の調査を比較した報告が公表されているが、例えば、根管充填、クラウンなどはかなり減少する一方、抜歯、部分義歯は増加、充填はあまり変わらずというように、手間ひまかかる治療は敬遠される傾向が生じている。NHSの治療費は、子供、妊産婦、低所得者など特定の条件を満たす人は無料であり、普通の成人の自己負担は8割であるが、自費診療を選択せざるを得ない状況にもなっているらしい。 いずこの国も医療制度の混乱、改革が続いているが、我が国も例外ではない。英国での状況にくらべれば、現在の我が国の健康保険歯科患者は恵まれているような気がする。しかし、英国の例は、現状維持は困難になるであろうことを示唆しているように思われる。 (2009年3月25日)
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