第27回:根管治療結果の大規模調査

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第25回コラムで紹介した論文の中に、詳しく見てみたいと思った文献が二つあった。それは、約150万歯という大量の根管治療した歯についての疫学的調査の論文である。ご参考までにそれら論文の内容を紹介することにしよう。 一つめは、ジャーナル・オブ・エンドドンティクス30巻846-850(2004)に掲載された米国における調査報告である。全米で1,400万人が加入しているというデルタ・デンタル保険会社の保険金請求のデータベースを利用し、患者112.6万人、非外科的根管治療(根管治療と略)した146.3万歯について、1995〜2002年の8年間にわたり追跡調査している。治療は、統一されたやりかたで行われたものではなく、学生、一般歯科医、専門医によってさまざまな方法で行われている。結果として、8年後の生存率97.1%、8年間の非外科的再治療率0.40%、根尖部外科治療率0.65%、抜歯率2.9%となっている。調査した根管治療した歯の内訳比率は、前歯21、小臼歯27、大臼歯52%であるが、前歯は小臼歯、大臼歯にくらべ、非外科的再治療(再治療と略)(38.5%)と根尖部外科治療(根尖治療と略)(53%)が多く、抜歯は大臼歯(70.1%)が小臼歯(62.6%)や前歯(56.2%)とくらべ多かった。4.2万本の抜去歯のうち、その85%は全部被覆冠ではなく、無修復あるいはアマルガムやコンポジットレジンで修復されており、クラウンがないと、5〜6倍(歯の部位による)抜歯数が増加していた。歯の延命のためには、根管治療終了後の適切な歯冠修復の重要性が強調されている。一方、クラウンのある抜去歯の場合、大臼歯ではポストのないものが多く、前歯ではポストのあるものが多い傾向にあったが、ポストの有無よりもコアの重要性が指摘されている。 二つめの論文は、ジャーナル・オブ・エンドドンティクス33巻226-229(2007)に掲載された台湾における調査報告である。台湾国民の95.5%が加入しているという中央健康保険局管轄の全民健康保険のデータベースを利用し、1998年に根管治療した155.8万歯の処置について5年間にわたり追跡調査を行っている。5年後の歯の生存率92.9%、5年間での抜歯7.1%であった。不具合は10.3%で起り、その内訳比率は、再治療31.7%、根尖治療2.8%、抜歯65.5%であった。再治療が31.7%と多い(米国では10.1%)のは、X 線的に見ると根管充填状態が良好でない例が多くあり、保険適用の関係から再治療を試みることが多くなるため、また、根尖治療が少ないのは一般歯科医には必ずしもなじみのある処置ではないためではないかという。 米国と台湾での調査結果を比較してみよう。全体のまとめと観察期間中の不具合の発生(再治療、根尖治療、抜歯)がどのような経過をたどったかを示したのが次の表と図である。 米国の場合には、再治療、根尖治療、抜歯の多くが、いずれも根管治療完了後ほぼ3年以内に行われている。 3年以内に再治療83%、根尖治療94%、抜歯87%、5年ではこれらの処置はいずれも99%終わり、最終的に8年後での処置歯数は、再治療3歯、抜歯7歯、根尖治療0という少数となっている。抜去歯の85%(3.5万歯)はクラウンなしであり、全部被覆冠修復を行えば抜歯はずっと減少していた可能性がある。とくに、大臼歯でクラウンなしでの抜歯は2万歯もあり、それらの半数でも全部被覆冠になっていれば、全体の生存率は98%程度にはなっていたであろうと推測される。 一方、台湾の場合には、観察期間が短いにもかかわらず不具合の発生が明らかに多い。再治療の40%、根尖治療の81%は、根管治療完了後1年以内に行われていたが、抜歯は5年間を通じて毎年ほぼ20%であった。3〜5年後でも再治療、抜歯は減少傾向を示しておらず、さらに長期の追跡では生存率は90%を割る可能性が高いと想像される。 米国と台湾での成績の差には、両国における医療保険制度が影響しているのではないかという気がする。米国では、高齢者等を除き、多くの国民は公的医療保険がないため自由診療の民間保険会社の医療保険に加入している。一方の台湾では、強制加入の公的医療保険制度に国民のほとんど約2,200万人が加入している。自由診療では当然のことながらそれなりの結果、成績が求められるであろうし、公的保険では治療上いろいろな制約があることから必ずしも十分な治療にはなっていないであろう。 X線学的に根管充填の質を調べた過去の報告によると、良好な充填状態を示す事例は、台湾で34.8%、米国で42%という数字が出されているという。こうした治療技術レベルの違いも成績に影響しているであろう。しかし、根管の充填状態は必ずしも良好ではなくとも、5〜7年後の歯の生存率は93〜97%になっているという事実は、根管が無菌化され、歯冠が全部被覆冠で適切に修復され、歯冠部漏洩がなければ、根管充填状態の良否にかかわらず歯は延命できることを示しているということであろうか。 歯の保持と不具合の発生という観点から行った今回の疫学的調査では、治療後の痛み、根尖性歯周炎の有無などについては不明であるが、97%の歯が抜歯されずに8年間保持されたという米国の結果は重要である。第6回コラムでも書いたことであるが、自由診療である人工物によるインプラント治療と対比して、根管治療は自然・天然のインプラント治療として位置づけられるであろう。そうした観点に立ち、歯の延命に大きく貢献できるようであれば、根管治療も保険診療の制約を離れて自由診療を拡大していくことも考えられてよいであろう。それには、根管治療に関する保険診療結果の疫学的調査が欠かせない。健康保険システムのことを考えると、米国並みの成績を期待するのは難しいと思われるが、我が国における状況はどうなっているであろうか。我が国でも健康保険のデータベースを利用して、疫学的調査をぜひ行ってほしいと思う。 (2008年4月25日) (図表は両論文のデータをもとに筆者が作成した)
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