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2016/05/10

第119回:患者の望む歯科医療


118回「根管治療に関する記事へのコメント」の中で次のようなことを記した。「X線透過像のある症例でも、とくに問題がなければ抜歯することはないであろう。筆者のような患者にとっては、診断上はどうであれ、できるだけ抜歯は避けてほしいのであり、成功率よりも生存率に関心がある」。これは、根尖性歯周炎があったとしてもできるだけ抜歯はしないでほしいという筆者の願いを記したものである。これは筆者だけの願いなのだろうか?という疑問を抱いていたら、次のような論文が目についた。J Endodの2016年3月号に「根尖性歯周炎のある歯の治療の選択に関する患者の評価」という論文が掲載されており、紹介することにした。

根尖性歯周炎のある歯の治療の選択に関する、カナダの患者および歯科医の考え方を調べた報告である。すなわち、根管治療により保存、抜歯したまま、あるいはインプラント支持クラウン(以下インプラント)、ブリッジ、部分床義歯で置換、の選択についてである。調査対象者数および回答者数(カッコ内)は、患者は1,000人(トロント大学歯学部800人、診療所200人)(434人)、歯科医は専門医(歯内、歯周、補綴、口腔顎顔面外科)498人(198人)と一般開業医1,983人(302人)である。

患者および歯科医に対してそれぞれ次のようなシナリオがあり、回答した。患者:放置できない、感染した1本の歯があるとしよう。あなたの歯科医は様々な治療の選択肢(根管治療して保存、あるいはブリッジ、部分床義歯、インプラントで置換、あるいは抜歯したまま)の話しをした。あなたはこれらの選択肢の中から選ばねばならない。あなたが選択する時、どの要因が重要であり、それがいかに重要であるかを示してください。歯科医:患者はリストした治療の選択肢の中から選ぶことを求められている。患者が決める時、次の要因は患者にとっていかに重要だと思いますか?回答者は、各要因に対して、非常に重要、重要、やや重要、重要でない、を記録した。非常に重要および重要を合わせた数字のみを集計し、全体に占める割合を算出した。結果は表1である。

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患者では、歯科医との意思疎通と信頼(94%)、歯の維持(90%)、審美性(84%)、治療費(83%)、治療の寿命(83%)、治療前の痛み(81%)が最も重要と考えていた。患者にくらべ歯科医は、患者の以前の治療体験(72%に対し94%)、治療費の保険の保障(70%に対し90%)、治療中の痛みの可能性(60%に対し79%)の重要性を過大評価し、治療後のメンテナンス費用(79%に対し60%)の重要性を過小評価していた。結論は次のようになっている。歯科医は、審美性、治療の寿命、および治療の選択肢に関わる費用について患者の考え方を尊重すべきである。本調査は、根尖性歯周炎罹患歯の治療計画では、患者と歯科医の意思疎通と信頼および根管治療しての天然歯の保存が重要であることを示した(歯科医への質問では、なぜか「天然歯の維持」という項目がない)。

今回の論文に先立ち、2013年のJ Endodの10月号および12月号に「根尖性歯周炎罹患歯の治療に対する歯科医の選択の調査」および「根尖性歯周炎罹患歯の治療に対する患者の選択の調査」なる論文がそれぞれ掲載されていた。これらの論文の調査対象者は今回の論文と全く同じである。これら論文の概要を以下に紹介する。

まず歯科医の調査である。根尖性歯周炎罹患歯の治療において、次の①~⑤の選択肢に関し、前歯および臼歯の有髄歯、無髄歯につき、1最も推奨できるから、5最も望ましくないまで順位をつけて回答する。①根管治療して歯を維持、②インプラント支持クラウンで置換、③ブリッジで置換、④部分床義歯で置換、⑤抜歯のみ。第一選択の結果をまとめたのが表2である。

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大多数の歯科医は根治あるいはインプラントを選択し、抜歯後無置換、ブリッジ、部分床義歯を選択した歯科医は0%~3.1%と極めて少なかった。前歯初回根治から臼歯初回根治、前歯再根治、臼歯再根治になるにつれて根治の選択が減少、インプラントの選択が増加する傾向にあった。このような根治あるいはインプラントの選択の変化は歯内専門医では見られなかった。一般開業医、補綴専門医、歯周専門医の根治の選択は、前歯、臼歯ともに初回治療と再治療で有意に異なっていたが、初回治療の前歯と臼歯および再治療の前歯と臼歯で差はなかった。このパターンは口腔外科医の根治の選択でも認められた(ただし、臼歯の初回治療と前歯の再治療では違いはなかった)。一般開業医のインプラントの選択は、初回治療と再治療で異なっていたが、前歯と臼歯で違いはなかった。歯周専門医のインプラントの選択は、初回治療の前歯と再治療の臼歯、初回治療の臼歯に対する再治療の前歯と臼歯で異なっていた。口腔外科医のインプラントの選択は初回治療の前歯と再治療の臼歯でのみ異なっていた。

根尖性歯周炎の治療において、多くの歯科医は初回治療では根治を選択したが、再治療ではインプラント置換を選択する歯科医が増加した。治療の選択は歯科医のタイプによって大きく異なり、歯内専門医にくらべ、一般開業医、補綴専門医、歯周専門医、口腔外科医の順に、有意に低い根治の選択および有意に高いインプラントの選択をする傾向が大きくなった。

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次に患者の調査である。表3に結果をまとめた。大多数の患者は、痛む歯の治療に抜歯よりも保存を選択したが、それは臼歯にくらべ前歯で有意に多かった(89.6%に対し97.2%)。同じように、痛む歯の治療に抜歯より根治しての保存を選択したが、それは臼歯にくらべ前歯で有意に多かった(83.8%に対し93.7%)。根治による歯の保存の選択は、治療法は示さずの歯の保存の選択にくらべわずかではあるが有意に低かった(前歯で97.2%に対し93.7%、臼歯で89.6%に対し83.8%)。(この現象について、根治に対する患者の不安のためではないかとの説明がある)。抜歯の選択は臼歯にくらべ前歯では少なかった(39%)。置換は前歯では選択されたが、臼歯では少なかった(39%)。前歯の置換ではインプラントの選択が77%と多く、部分床義歯19%、ブリッジ4%であり、臼歯の置換ではインプラント41%、部分床義歯12%、ブリッジ8%であった。以上のことから、患者は圧倒的に歯の保存を望み、抜歯の場合にはインプラントでの置換を選択し、部分床義歯やブリッジは敬遠されていることがわかる。

カナダの医療制度は、国民皆保険制度を採用しており、原則としてすべて公費負担であるが、歯科医療は全額自己負担となっている。こうした事情が影響しているのかどうかわからないが、カナダでの補綴歯科治療では、ブリッジ、部分床義歯は患者やとくに歯科医で存在感を失いつつあり、インプラント指向になってしまっているらしいことには驚いた。歯科治療も健康保険が適用されている我が国の事情とは真逆の感があり、我が国では部分床義歯、ブリッジともに健在である。しかし、我が国も現在のような補綴処置の状況が将来的に続くのは難しいのではないかという気がする。カナダの患者は、根尖性歯周炎のある歯の治療において、圧倒的に保存を望んでいることがわかったが、根治しての保存には消極的傾向というのはやや意外であった。治療に関して、患者の希望と歯科医の思惑にズレがあるように感じられた。

根尖性歯周炎罹患歯の治療ではなく、無症状の大きなう蝕のある下顎第一大臼歯の治療に関し、英国の503人の患者での治療の選択を調べた報告がInt Endod Jの2015年12月号に載っていたので付け加えておく。それによると、根治してクラウン53%、抜歯して無置換19%、部分床義歯3%、ブリッジ8%、インプラント17%となっている。症例が異なるとはいえ、カナダとはかなり異なる様相を呈している。保存53%、抜歯のみ19%はどう理解したらよいのだろうか。英国には我が国と似たような国民健康保険制度National Health Service(第38回参照)があり、カナダとは異なり、歯科医療もそれに含まれているが、NHS制度が患者の治療の選択に影響を及ぼしているような気がする。

(2016年5月1日)

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