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2016/03/31

第118回:根管治療に関する記事へのコメント

2016年3月7日付のDentWaveの⻭科ニュースを眺めていると、「根管治療の在り⽅マスコミ報道:治療成功率と治療費を⽐較して課題を指摘」という見出しの記事が目に留まった。それは、「マスコミ報道(タブロイド版・⽇刊ゲンダイ)で、『根管治療の成功率が低いわけ』をタイトルとした、次のような記事が掲載されていた。要旨を紹介する。」というものであった。「要旨の紹介」とされていたため、詳細はどのようなものか気になり、もとの記事を調べてみた。それは2016年2月24日付の⽇刊ゲンダイに「⻭科医が明かす 根管治療の成功率が低いわけ」の見出しで掲載され、「⼀般の⽅はご存じないかもしれませんが、「⽇本の根の治療」の成功率は欧⽶に⽐べ極端に低いことで知られています。私はその理由は公的保険制度にあると思っています。」に始まり、「政府は80歳までに⾃分の⻭を20本残すという「8020運動」を平成4年から始めています。もし、本当にそれを達成したければ、根管治療の保険負担額を⼤幅に引き上げるべきではないでしょうか?」で締めくくられていた。この記事は、中見出しに「⽇本の健康保険制度が抱える問題」とあるように、そうしたことを指摘した内容であった。なお、歯科ニュース記事は、もとの記事と照合したところ、多少の言い回しは異なるものの内容は同じであった。

筆者は、次の文章での下線部が気になった。「⽇本の健康保険制度の下では不完全な治療が横⾏し、その結果として⻭を失う⼈が後を絶ちません。実際、根管治療の成功率は、欧⽶ではおよそ90%、⽇本は50%程度と⾔う⼈もいるほど差があります。⽇本の⻭の治療費が欧⽶に⽐べて極端に安いからです。」「保険診療で認められた旧式の材料と技術を使って治療するしかありません。これでは、根管治療の成功率が欧⽶と差がつくのは当たり前です。

「不完全な治療が横⾏」は明らかに書き過ぎであるが、「根管治療の成功率は、欧⽶ではおよそ90%、⽇本は50%程度」は本当だろうか?まず欧米についてである。2010年のシステマティックレビューによれば、歯の喪失から評価する生存率は、治療後2-3年86℅、4-5年93℅、8-10年87℅であり、これらの平均値は89%である。一方、根尖部の治癒状態から評価する成功率は、2007年のシステマティックレビューによると、成功率は、厳しい基準によれば75℅、緩い基準では85℅である(第78回参照)。成功率は生存率より低いのが普通であり、記事の「成功率90%」はやや高すぎ、80%程度(厳しいと緩い基準の平均)が妥当という気がする。成功率は、多くの論文において、根尖部のX線透過像の消失あるいは縮小を基に計算されているが、X線透過像のある症例でも、とくに問題がなければ抜歯することはないであろう。筆者のような患者にとっては、診断上はどうであれ、できるだけ抜歯は避けてほしいのであり、成功率よりも生存率に関心がある。

次は「日本の成功率50%程度」であるが、残念ながらそれを裏付ける資料は探し出せていない。しかし、本当にそんなに成功率は低いのか?2005年の調査によると、抜歯原因は、歯周病42%、う蝕32%、その他13%、破折11%、矯正1%となっている(第20回参照)。この調査報告で根管治療の失敗による抜歯は明確にされていないが、それはその他に含まれると考え、そのすべてが根管治療の失敗であるとすると13%となる。この数字から失敗率50%という数字は出てきそうもなく、我が国でも生存率80~90%は達成できているのではないかと推測している。

つぎに「保険診療では旧式の材料と技術を使って治療するしかなく」についてであるが、これはかなりの誤解であり、基本的に欧米と同じといっていいであろう。米国の一般歯科医が歯内療法で使う技術と材料についてまとめた調査報告がJADAの2016年1月号に掲載されている。調査対象者1,490人、その年齢分布は35歳以下11%、35~54歳43%、55歳以上46%、毎月の歯内療法件数分布は5回以下、6~10回、10回以上がそれぞれ約3分の1、ラバーダムの常時使用47%である。技術、材料の使用人数比率は次のようである。根管拡大ではロータリーファイル64%、電動式Ni-Tiファイル52%、Ni-Ti手用ファイル50%、ステンレス手用ファイル45%;根管洗浄には93%が次亜塩素酸ナトリウム;シーラーには43%が酸化亜鉛/ユージノール、40%がエポキシレジン、26%が水酸化カルシウム;根充材には96%がガッタパーチャ;充填は側方と垂直の加圧充填法が62%、キャリアー+ガッタパーチャ(サーマフィル)36%となっている。この結果を見ると、我が国の保険診療もほぼ上記のような技術、材料で行われていると思われ、「旧式」ということはない。

「根管治療の成功率は、欧⽶ではおよそ90%、⽇本は50%程度と⾔う⼈もいるほど差がある。⽇本の⻭の治療費が欧⽶に⽐べて極端に安いから。」に関連する最近の論文(J Endod 2016年2月号)を紹介する。それはスウェーデンにおける調査である。スウェーデン国民の医療費は税金を財源とするスウェーデン社会保険庁の保険でカバーされており、そこから全国民のデータが入手できる。本論文は、2009年にスウェーデンで行われた20歳以上の住民の根管充填治療に関して社会保険庁のデータベースを基に分析したものである。2009年には平均年齢55歳(20-102歳)の患者217,047人の248,299歯が根管充填された。その後5~6年の間に26,228歯(10.2%)が抜歯され、生存率は89.8%であった。

スウェーデンの歯科治療費は、19歳までは無料、20歳以上の患者の自己負担率は、治療項目別の1年間の合計額が3,000SEK(クローネ)までは全額、3,000~15,000SEKが50%、15,000SEK以上が15%となっている。患者は一般診療所あるいは公共の治療センターで受診するが、料金は一律ではなく、診療者が決める。本論文では非外科的根管治療の費用として、根の数により2,015~4,510SEK(最近の為替レート1SEK=13.6円として2.7~6.1万円)としている。日本の保険診療では単根~3根の抜髄・即充/加圧根充で4,260~8,880円であり、スウェーデンにくらべかなり安い。これは、根管治療がとくに安いということではなく、歯科の保険診療全体が安いのである。例として2012年のストックホルム県の公共⻭科センターの価格表から拾ってみると次のようである(当時は最近にくらべ円高であったが1SEK=13.6円として計算)(カッコ内は日本の保険診療費)。単根の根充4.3(0.43)万円/3根の根充6.2(0.89)万円;前歯の充填0.88(単純な充填0.11);臼歯2面の充填1.5(複雑な充填0.18)万円。このように両国とも充填にくらべ根充の治療費は高額になっているが、両国を比較すると、スウェーデンは根充が7~10倍、充填が8倍高くなっている。このように治療費が高くても根充の生存率は90%でとくに高いということはない。国によって治療費のベースが異なるので、治療費と治療成績を関連付けることは無意味である。

終りに、「根管治療の保険負担額を⼤幅に引き上げるべきではないか」に関連して、適当なやり方ではないかもしれないが、日本とスウェ-デンの根充と充填の治療費に関し、ほぼ似ていると思われるケースについて比較してみる。日本では、単根の根充は単純なレジン充填の3.8倍;3根の根充は複雑な充填の4.9倍。スウェ-デンでは、単根の根充は前歯の充填の4.9倍;3根の根充は臼歯2面充填の4.1倍。こうしてみると、両国とも根充、充填はほぼ同じような扱いになっているように思え、日本の根管治療費が歯科治療の中で冷遇されているわけではなさそうである。しかし、治療の困難さ、治療時間を考えると、もう少し根管治療費を上げてもよいのではないかと思う。それとさらに重要と思われるのは、根管治療システムは、ほかの歯科治療領域にくらべ旧態依然としており、改革が必要と思われる。

今回取り上げたニュースのように、マスメディアが歯科医療を取り上げ、問題提起するのは歓迎すべきことであろう。しかし、誤解を招くような内容に対しては、歯科界は正確な情報を発信することが必要である。

(2016年3月31日)

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