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2018/01/26

多くの人に愛された『筒井 昌秀』の背中

多くの人に愛された『筒井 昌秀』の背中

父、昌秀は歯科界で一世を風靡したと私は思っている。補綴物と目を見張るように調和した歯肉のスライドは、今見ても感嘆の念を覚える。残念ながら、父は2007年に他界している。私が診療所を引き継いで10年が過ぎた。父のような治療をしたいと思い努力はしているが、なかなか到達出来ないでいる。当時の父を思い出し、このコラムを書いてみたい。

実際に父と一緒に診療をしたのは半年程だが、同じ診療室で過ごした時間は私の大きな財産となっている。
ただ、父は「変人」であったように思う。当時、2~3時間患者を待たせたうえ、ブラッシングが悪いとTBIだけでその日の治療が終了となったりしていた。また根管治療を教えて欲しいと父にお願いしたことがあった。患者の前で「これがHファイル、これがKファイル」と教えてくれたが、いやさすがにそれは知っていると言えず・・。あとは長嶋茂雄のような「グヮッと動かす」「キュッと」など具体的で無い言葉が続き、良く分からないまま父が治療して終了となった。父が普段教えていたセミナーは大丈夫だろうか?と心配をした事を覚えている。

そのようなエピソードは枚挙にいとまがないのだが、一緒に過ごした半年間で一番感じたのは「患者を治す」という強い意志である。前述したTBIの話もより良く患者を治したいという父の想いからの行動だったと思う。患者さんに当時の話を聞くと「待ち時間が長かった」「麻酔が痛かった」「怖かった」などの感想も頂くが、必ず皆さんが「父に治療してもらって良かった」と言ってくれる。

また最も印象深い出来事は、最晩年に行った講演である。父は入院していた病院を車椅子で押されて出発し、飛行機に乗り、車を乗り継ぎ、なんとか息も絶え絶えに講演会場へ到着した。そのような状態での講演であったが、当時の光景は今も私の脳裏に焼き付いて離れない。壇上で目は生気を取り戻し、歩き回り、身振り手振りを交えながらスライドを進めていく。生来口下手で独特の言い回しを多用するため、何を言いたいのか分からない部分も正直なところ多々あったりするが・・、父の熱量がそれを凌駕し聴衆を引き込んでいく。最後は盛大な拍手を浴び、またスタンディングオベーションをしてくれる方もいる中で舞台袖に戻る父の後ろ姿を現在も鮮明に覚えている。
つまるところ、「気持ち」や「熱意」なんだろうと思う。それが患者さん、講演会の聴衆、セミナーを受講した方々にも伝わる。言葉や表面的な優しさを父は持ち合わせていないように感じるが、多くの方が父を信じてついてきてくれた。

私は父とはタイプが違うと思っている。父と同じような仕事は出来ない。それでも多くの人に愛された父を目指して進んでいきたい。20年、30年かかるかもしれない。
しかし父の背中がしっかりと私の目には焼き付いている。それが達成できる遠い未来まで父の後ろ姿を忘れることはないだろう。

筒井 祐介(つつい・ゆうすけ)
  • 筒井歯科医院/院長

2004年に日本大学歯学部卒業後、日本大学歯学部口腔外科第二講座勤務を経て、2006年から筒井歯科医院にて勤務。2007年から筒井歯科医院の院長を継承し、現在に至る。【所属学会】日本口腔インプラント学会・日本歯周病学会・日本顎咬合学会・日本口腔外科学会・日本包括歯科臨床学会・日本顎咬合学会(認定医)【所属スタディークラブ】JACD・咬合療法研究会・北九州歯学研究会・上田塾・ミニ甲斐会・新潟再生歯学研究会

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