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2017/12/19

私の歯科医療哲学を構築する「おやじ」の記憶、私たちが目指す歯科医療

私の歯科医療哲学を構築する「おやじ」の記憶、私たちが目指す歯科医療

現在の父と私の関係性を周りの人が見ると「気持ち悪いくらい仲がいい」と言われます。一般的に、同じ職業の父親と息子は自己主張がぶつかって、ソリが合わないことが一般的であることからそう言われます。私たちの関係が良好な理由として、私の人間性というよりは、父親の利他の心と寛容性があるのではないかと思っています。
私は自分の感性のままに自由にさせてもらっていますので、「自分の息子が進む方向はきっと正しい道に違いない」と彼も信じてくれていることも良好な親子関係を後押ししているのかもしれません。
父が私を歯科医師に導いた、という記憶は正直残っていませんが、振り返ると場面場面の記憶が私の歯科医療哲学を構築していることには疑いが無いようです。

「歯が服を着て歩いて来るわけでは無い、人が歩いて来るのだ」「患者の「患」という字は心を串刺しにされたと書く。まず串を抜くことを考えなさい」「仕事を遊びに、夢を現実に」「普通はサービスをしてこちらからお客さんにお礼をいうものだが、私たちの職業は仕事をして患者さんに感謝される。こんな素晴らしい職業はない」。確かにそのような歯科医師になれるようにと努力していることを考えると「おやじの背中」にやはり多大に影響を受けているようです。

私の幼少期、小学校時代の教育を担当していたのはもっぱら母でした。その後、私は遠隔地の中高全寮制の男子校で生活していましたので、地元の歯学部(九州大学歯学部)に入学して両親と同居を開始するまでは父親の考えを深く知る機会は少なかったと思います。そういうわけで当時の私は2代目の歯科医師にありがちな方向性を見失った典型的な学生でした。常に留年ギリギリで、歯科以外の事に強烈な興味を示すモラトリアムなジレッタントで、正直将来に希望を見出せないでいました。
私にとってのターニングポイントは歯学部5年生時に父親のススメで訪問したワシントン大学(シアトル)の見学でした。あまりの教育環境の違い、教育の質の違いに唖然としたことを覚えています。父親も同じような衝撃を故:保母須弥也先生の歯科医療哲学から受けたようで、「将来の夢はアメリカのように複数の専門医が1つ屋根の下で連携医療ができたらいいな」と当時からつぶやいていたことを思い出します。
それから20年経った今、気がつけば当院ではアメリカで正式な専門医となった歯科医師が連携している事実を見ると、強く思い描いたことは実現するのだなと感じざるを得ません。私たちが目指す歯科医療が世の中に役に立って初めて、両親の教育が正しかったと証明することができると思っています。そういう意味ではまだまだ「おやじの背中」は遥か先にあるようです。

築山 鉄平(つきやま・てっぺい)
  • つきやま歯科医院/専門医療センター センター長

2001年に九州大学歯学部卒業後、佐賀医科大学(現・佐賀大学医学部)歯科口腔外科を経て、2004年から東京・日本橋の矢澤歯科医院にて勤務。2006年からアメリカに留学し、タフツ大学歯学部歯周科歯周病専門医課程修了。2009年にアメリカ歯周病学会認定専門医取得。2009~2010年、タフツ大学歯学部審美補綴フェロー。2011年に帰国し、医療法人雄之会つきやま歯科医院に勤務し現在に至る。2014年から、タフツ大学歯周病学講座Visiting Clinical Assistant Professor、デンタルスクウェアジャパン主宰、PHIJ ディレクター。

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