第4回 数字に強くなろう

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経営関連コラム 第4回「数字に強くなろう」 渡辺慶明 氏

前号まで、都内近郊のA歯科医院の例をあげて、自ら行動するスタッフを中心としたコンサルティングについて述べてきたが、今号から新たなテーマを取り上げたいと思う。歯科医院の多くは保険診療を主体に経営が成り立っている。その診療報酬の額は患者さんの数によるところが多い。現行の保険制度上では、1人に対し著しく高い点数を請求することはできない。つまり先生方が1日に数人を対象に保険診療で経営してゆくことは自費診療がないかぎり不可能である。そこで今回から開業後、経常的な経営低迷をしてきたB歯科医院の例を取り上げ、B歯科医院がどのようにして安定した経営へ移行していったのかをお話していきたいと思う。 B歯科医院からのコンサルティングを依頼されたのは私の親しいDrからの紹介であった。B歯科医院は東京近県のベットタウンにあり、近隣は住宅街で駅からは徒歩で10分ほどのところにある。多くのOL・サラリーマンが東京へ通勤しており、昼夜人口と夜間人口の比率は3:4の割合である。マーケットとしては、かなりの激戦地区で、半径1km以内に7件の歯科医院が開業している。 どうしてこの場所を開業地として選定したのかB院長にきいてみたところ、材料店からの紹介で手頃な物件があったので自分のふところ具合を考えて決めたとのこと。開業当初は激戦区でもがんばってやれば何とかなると思っていたものの、1日20名から25名の患者さんしかこない状態がこの3年間続いている。自分としてはもっと患者さんの数を増やしたいがどうしてよいかわからない。このままでは生活していくのがやっとの状況で開業資金として借り入れた負債を返済できるかどうか不安でしょうがない。なんとか医院の収入を増やしたいとの依頼であった。

医院の収益構造

 ここで、歯科医院の収益がどのように成り立っているの考えてみよう。 医院の収入源は、保険診療、自費診療、雑収入に大きく区分される。そして、皆さん周知のとおり保険診療は保険制度に基づいた保険点数から成り立っている。自費診療の料金については全く制約がないが、おおよそ技工料金の5倍とか10倍とかまたは、近隣の競合医院との比較による価格設定となっている。雑収入はハブラシなどの予防器具を中心としたものとなる。 一般に、患者さんの数が少ないときに、医院の固定費(家賃や人件費、水道光熱費など医院を維持するために出てしまう費用)だけでもなんとかするために、1人あたりの売上を延ばそうとするとどうしても自費の割合を高めようとする傾向が強いようだ。しかし、これは考え方にもよるが患者サイドからみると医院の都合に左右されていることに他ならない。したがって、「あの医院はすぐに自費を勧めたがる!」、「あの医院は高い!」という評判がたち、なおさら患者さんの足が遠のいてしまう。これでは、先生がよかれと思ってやったことが裏目に出てしまう結果になる。また、患者さんはこんでいる病院が好きだ。大学病院が良い例で、あれだけ待たされても一向に患者の数は減らない。もちろん大学病院でなければ受けられないような特殊な症例も多いのだが、ただ風邪をひいただけでも大学病院へいくのはどうかと思う。その背景にはおおいに患者心理が働いているのだ。 そこで、B歯科医院ではもう一方の保険診療を主体にして、経営の安定をはかることを選択した。

霧の中の飛行

 私は単刀直入に経営面の数字の話を切りだした。 「先生、1日20名から25名の患者さんが来院するとのことですが、月のレセプト点数はどの程度ですか?」 「えーと、月によって違いますがだいたい15万点から17万点の間くらいでしょうか?」 「なるほど。でも先生は開業当初何人くらいの患者さんを予定していたのですか?」 「ええ、自分では廻りの先生方の医院の患者数からみて30人前後は来てくれると思っていました。」 「では、予定していた患者数の70%くらいしか来ていないというわけですね。」 「ええ」 「先生としては、何か思いあたることがありますか?」 「診療はまじめにやっているし、説明もしているつもりですが……」 「医院の平均営業日数は月に何日ですか?」 「木曜日と日曜・祝祭日が休診ですので、だいたい20日くらいではないでしょうか。」 「そうすると、もう少し点数がいってもおかしくないですねえ」 私は電卓をたたいて計算してみた。 月のレセプト収入は次の式で導き出される。 レセプト点数=Drの1回あたりの平均点数x1日の患者数x営業日数 また、私の経験上、Drが院長1名の医院の場合で、かつ自費の割合が4割を越えない医院の場合Drの1回あたりの平均点数はおよそ500点前後である。 したがって、B医院では500点x20名x20日=20万点といことになる。 つまり、実際の来院患者数はもっと少ないのではないかと推測された。 「先生、日々の集計のなかでキャンセルした患者さんの数を把握していますか?」 「いいえ、アポ帳にはキャンセルになったひとは横線で線を引いているだけです。」 「先生申し訳ありませんが、そのアポ帳を見せていただけませんか?」 アポ帳をみると時間ごとに患者さんの氏名が記載されており、確かにキャンセルの患者さんには線が引いてある。 どこにでもある一般的なアポ帳だ。 「先生、先月の1日から末日までのキャンセルした患者さんの数をざっと集計してみましょう」 この結果、先月の延べキャンセル患者数は72人、実に18%にものぼっていた。 つまり、72人÷20日=3.6人が1日にキャンセルしていることになる。 20人-3.6人=16.4人が実際の来院数なのだ。 私は検証のため先ほどの計算を再び試みた。 500点x16.4人x20日=164,000点 B院長の言っていた平均月間レセプト点数に合致する。つまり、B院長はいままで来院患者数として把握していた数字にはキャンセル患者も含まれていたのだ。 「先生が言われていた患者数にはキャンセル患者さんも含んでいるのではないですか?」 「ええ、あまり気にしていませんでしたがそうかもしれません。だいたい20人くらいというイメージでいましたから。」 「では、月間延べ患者数は何人くらいですか?」 「月の延べ患者数ですか?えーと何人なんだろう?ちょっと待ってください。」 「いやいや、すぐにわからなければ結構です。」 「新患の患者数は月何人くらいですか?」 「えーと、1日に1人くらいだから20日で20人くらいでしょうか?」 「治癒の数はどれくらいですか?」 「うーん」 私は矢継ぎ早にいくつかの数値を把握するための質問をしたが、院長は肌ではわかっているのだが具体的な数値が口をついて出てこないといった感じだった。 これでは、計測器のないコックピットで、スタッフ、家族をのせた飛行機(歯科医院)を、航行させているパイロットと同じことになってしまう。 しかし実際は、このような医院は非常に多い。なぜなら、先生は実際に患者さんを看ることで何となく毎月のレセプト点数を肌で感じているからだ。レセプト点数がある程度以上の場合にはこれですべて済む。つまり、飛行機がある上空以上になった時の巡航と同じで、七面倒くさい計測器など使わずとも医院の経営はやっていけるのである。 ところが、収益の低迷している医院の場合、こういった数値をひとつずつ管理していかないと実体を把握し、改善をおこなうことができない。 それなのに、こうしたことは後回しにして、医院の収益低迷を開業場所のせいにしたり、スタッフのせいにしたりすることで堂々巡りを繰り返し、あげくは開業場所を選定した材料屋を呼びつけ文句をいっている先生がいる。開業場所を進めたのは材料店かもしれないが、決めたのは院長自身であるはずなのに。自らリスクをとらずにリターンはない。このことを肝に銘じてもう一度、チキンとした計画を練り直すべきだ。目的地(目標)や到達時間(目標達成期間)を明確にするためには、速度(目標の実行スピード)や現在位置(自分の医院の実力)といった計測器の数値を把握する必要がある。 私は、B歯科医院の院長に次のことを提案した。 「先生、今までのお話をきいているとどうも日常の数字の把握ができていないような気がします。把握すべき数値はたくさんありますがまず、アポイント帳と日計表の改善からおこないましょう。」 「アポ帳と日計表ですか?」 「ええ、今のアポ帳ではキャンセルしてきた患者さんの数がわかりません。また、その患者さんが無断でキャンセルしたのか、電話でキャンセルしてきたのか、さらにその内容が予約日時の変更なのか、次回の予約の無い患者さんなのかわかりません。」 「ええ、そのへんは今は全くわかりません。」 「また、日計表はみるかぎり会計用としては機能しているようですが、医院経営をみる上では数値が不足しています。この点を改善しましょう。」 「あ、はい。」 B院長は私の説明をよく理解できていないようだった。それもそのはず、院長の要望は患者さんを増やし、収益を上げたいと思っているのに対し、私が最初に提案したのが院内の書類の形式変更だったから。 一般の企業が顧客を増やしたり、収益を上げたいと考えた場合、最初に取り組むのは経営実体の分析である。つまり、現状を冷静に分析することにより、顧客や収益を増やす要因や手法がとられる。このためには、あらゆるものが数値化されていることが前提で、これがなければ手の打ちようがない。医院も同様に、患者さんの動向をつかむための数字や、日々の収入金額などがきちんと数値化されていなければ、何に原因があり、何を改善すればよいかがわからなくなってしまう。 しかし、一般企業が当たり前のようにおこなっている計数管理が医院ではおこなわれていないことが非常に多い。したがって、私はまずこの計数管理が行えるような院内の書類を作成することを院長に提案したわけだ。 参考までに、B歯科医院で提案したアポ帳と日計表のフォーマットの一部を掲載する。

新しいアポイント帳の作成

 では、アポ帳をみていただきたい。このアポ帳はB歯科医院で把握すべき数値を考え、オリジナルのアポ帳を作成した。ではその特徴をここで説明しよう。

 1. 天候の把握

B歯科医院の院長と話していると、どうも天気の悪い日は駅から離れているせいか夕方のキャンセルが多いとのことから天候を記入できるようにした。このデータをとることで、雨の日のキャンセルを見込んで前日にいつもなら時間のとれない近所の商店街の患者さんに空き時間で来院を促すことも可能だ。雨の日には商店も時間があくというのが前提となるが。

 2. 処置欄の記入

次回の予定をできるだけ簡略化して書くことができるようにし、また新人の助手や衛生士でも記載できるようにアポ帳にその略語を掲載した。これは、1日のアポイント数を増やそうとすると、どうしても次回予約を受付でとる際にできるだけ効率的な処置の組み合わせが必要になるためだ。

 3. 引継メモ

患者さんからの要望や、スタッフが入れ替わる時に必要なことを書けるようにした。実際の運用ではこのほかに、スタッフ同士の誕生日のメッセージ、至急必要な材料・薬品なども記載していた。

 4. 来院状況

1.総予約数 すべての患者さんの数で、予約がなかった新患の数も含む 2.実来院数 実際に来院した患者さんの数で、総予約数から無断キャンセル、TELキャンセルを引いた数 3.新患数 再初診以外の新患の数 4.再初診 再初診の数 5.完治数 Drが完治と判断した数。または、次回を定期メンテナンスとした数 6.無断キャンセル 当日の診療終了までに連絡が無いままの患者さんの数 7.TELキャンセル 電話により、キャンセルが入った患者数 8.保留 TELキャンセルの内、次回の予約が入らない患者さんの数

 だいたい見ればおわかりになると思うが、特にB歯科医院ではキャンセル率が高いと思われたので、無断キャンセルとTELキャンセルを分けて管理し、さらにTELキャンセルの中でも最終的に無断キャンセルにつながりそうな次回予約の入っていない保留患者を把握するようにした。ここでの留意点は必ず上記の表の「6.無断キャンセル + 7.TELキャンセル + 2.実来院数 = 1.総予約数」になっているかどうかチェックすることである。 次に日計表の作成について説明したい。

日計表の作成

今まで、B歯科医院ではよく使われているB4タイプの日計表を使用していたが、月の累計を把握することができないので、その辺を重点的に改善した。

 1. 本日の金種別残高

当日の売上金額をレジから除いた釣り銭の金種を確認し、記入する。B歯科医院では釣り銭を8万円としていたので、必ず合計が8万円になるかどうかチェックし、もし過不足が生じているようであれば再度もれがないかチェックできるようにした。また、金種の残高がわかるので翌日に両替に必要があるかないかもこの時点で判断できる。

 2. 患者動向

患者動向の本日分は基本的にアポ帳から転記する。これはB歯科医院の院長は日計のみ確認することでアポ帳で作成したデータも確認したいとの意向からこうした。 また、カッコ内はそれぞれの項目の比率を表している。このうち、新患数、再初診数、完治数は分母を実来院数とし、それ以外は総予約数を分母としている。 累計については月始めから本日までの累計の数字を表している。作成は前日の累計値に本日分を加算してその合計を記載しているだけだから、実務的には単純な作業で済む。

 3. 院長作成欄

・累計日数、これは月初めから本日までの営業日数を記載したものである。従って、月初めは当然1日となる。 ・ 本日合計、当日の人数合計と点数の合計である。社保本人・社保家族・国保の下欄の合計値を加算して記入する。 ・ 累計点数=前日の累計点数+当日分 ・予想累計点数=累計点数÷累計日数x当月実日数 当月実日数は月間の営業日数をさし、この月では20日間と予定している。

この予想累計は参考例をみていただくとわかると思うが、医院の月末の収益状況を常に見据えている数値である。たとえば、実日数が20日ある月の場合に目標点数を30万点と定めたとしよう。5日目の累計点数は65,000点ならば、予想累計点数は65,000÷5日x20日=260,000点となり、このままでは目標をクリアすることは難しい。しかし、10日目に累計点数が150,000点であれば、予想累計点数は150,000÷10日x20日=300,000点となり、このペースを維持すれば目標はクリアできる。17日目に累計点数が265,000点であれば、予想累計点数は265,000÷17日x20日=311,764点となる。さらにこの予想累計点数の数値は月末に近づくほど精度があがるようになている。したがって、この予想累計を日々院長自身が計算することにより、院長自身の立てた目標を自ら管理できるようにな仕組みになっている。 こうした、数字の把握は目標を管理するためにはかかせないものである。なぜなら、人間は良い結果は覚えているが、悪い結果は忘れようとする。また、大変だったことは覚えているが、楽だった時のことは忘れてしまう傾向にあるからだ。しかし、数字そのものは冷徹でそうした感情を反映しない。 その意味で、ぎすぎすした医院経営になってしまっては意味がないが、常に数字をとらえていくことが大事である。

計器飛行のはじまり

完成したアポ帳と日計表を院長に渡し、院長と月間の目標点数を6ヶ月以内に35万点までもっていくように定めた。 その後、実際の使用が始まってから1ケ月後、再び私はB歯科医院を訪問した。 「先生いかがですか、使いにくい点などはありませんか?」 「いやあー、渡辺さん日計表を見てください。これは不思議なことなんですが、今月は先月に比べて約2万点ほど延びて、19万点くらいになりそうです。」 「良かったですね?でも、不思議と先生が言われるなら、何か特別なことをしたわけでもないですよねえ。」 「ええ、特別なことはありませんが、日々の中で自分の目標達成度が明確になるので、気持ちが引き締まったくらいでしょうか?」 「先生、実はそれがとても大事なことなんです。というのも、いろんな経営に関する雑誌や書籍を読むとお解りになると思いますが、信念をもって経営しろとか、自己啓発が大事とか、ヴィジョンを持てとか、いろいろなことが書いてあります。でも、実際に本を読んでその内容を本当に理解し、実行することができれば世の中億万長者だらけのはずです。そうならないのは、それらの本を読んで明日から何をしたら良いかがわかるのはほんの一部の人たちだけで、多くの経営者は今までと変わらない日々をすごしてしまうからなんです。そういう意味で先生は身を持って目標を管理する事を体験されたと思います。」 「そんなに大げさなこととは思っていませんが、スタッフの意識も変わったような気がします。今までは、単に集計をしておしまいという感じでしたが、キャンセル率をみて、先生もう少しアポイントをとるときに説明する時間が欲しいと言ってきました。」 「それはよかったですねえ。でも、計数管理は始まったばかりです。これからは医院の標準値をつかみ予測を立てながらやってゆきましょう。そのために、日計表のデータをコンピュータで管理したらどうでしょう。」 「そうですね、データはコンピュータで管理した方が分析しやすいですからね。」 私は医院でとったデータを分析することができるソフトをEXELで作成し、先生に入力してもらうようお願いした。このソフトによる分析は次回の号で詳しくふれていきたいと思う。

今回のポイント

・自分の医院の現状を数字で把握しよう ・今日の数値から将来起こることを予測しよう ・目標をたて、日々これをクリアするようにする ・数値はオンタイムが基本

一部省略してあります。B歯科医院アポイント帳

一部省略してあります。禁無断転載。B歯科医院日計表

月末最終診療日の予想累計点数 平成11年7月31日(火)

院内計数度チェック表 現在の医院でおこなわれていることについてお尋ねします。ハイ・イイエのいずれかに○をつけてください。

<評価> ハイの数が

 ☆5個以下

全く計数管理がなされておらず危険です。現状がよくても将来に備える必要があると思います。

 ☆☆5個〜10個

計数管理の重要性を理解し、取り組んでください。特に、目標を定める内容の計数管理ができているかどうか再考してみてはいかがでしょうか?

 ☆☆☆15個以上

十分計数管理がなされています。あとはその数値から何を読みとり、経営に反映させるかが課題となります。

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