第1回「次世代のための輝かしい日本の歯科界1:成長戦略の意識」小川隆広先生

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 日本の保健医療(とりわけ財政の面から)がうまくまわっていないと言われ始めてから久しい。私が学術・研究活動の拠点をおく米国の保険医療、財政状況もたしかに深刻な状態にある。しかし私は、日本の医療の財政再建策を議論するうえで見過ごされている点を、ここ米国からあえて訴えたい。

 総選挙を終え、政策実現のために財源をどう確保するかという問題がもち上がっている。ある政党は、無駄使いを徹底的に減らして財源を確保するといい、ある政党は成長戦略が必要だという。もちろん、ここでどちらがよいのかを議論する気は毛頭なく、どちらのアプローチも必要なのは自明である。 そして私がここで問いかけたいのは、医療界、特に私たちが責任を持つべき歯科界での成長戦略は何か、ということである。

 全体のパイが限られる場合、自由競争は時として悲劇的な結果をもたらす。日本では貧富の差の拡大、格差社会といった社会現象が発生、進行している。限られたパイを巡り、国家の中で、つまり国民同士の利益の奪い合いが発生するからである。歯科で言えば、昨今、日本で取りざたされているいわゆる“勝ち組の歯医者”“負け組の歯医者”が生まれる。歯科財政の全体のパイが限られるなか、強く優秀な歯医者の収入が伸びれば、底辺の歯医者の収入は減少するのは避けられない。そしてその現象は、年々エスカレートしており、低所得な歯医者の急増が一般のテレビ番組や雑誌で、深刻な問題として取り上げられている。ある日本人の友人から、“ワーキングプア歯医者”という言葉を聞いたときには身の毛がよだつ思いだった。少なくとも、アメリカでは聞いたことがない言葉だったからだ。また治療を受ける側にも格差の波は押しよせる。高所得者は私費で理想的な治療を受けられるが、低所得者の保健医療には限界があるといった具合だ。 総務省の「07年家計調査」で、歯科医療の場合、医科に比べて年収による支出額の差が大きく、所得が最も高い層と低い層では診療代に5倍の開きがあることが報告された(図1)。 今の日本の歯科界が、日本の国状の縮図となっていること、むしろその縮図がさらに極端化されているという現状に、太平洋を隔てて住む私までも、とてもいたたまれない気持ち、痛ましい気持ちに襲われる。

 ここで必要なのが成長戦略であり、それによって国全体のパイを広げなければこの負のサイクルを止めることはできない。国全体のパイが広がれば、医療界全体、国民全体が潤う。歯科業者も、歯科医師も、歯科衛生士も、歯科技工士も、

図1(クリックで拡大表示)

そして、患者である国民も恩恵を受けることができるのである。では日本の歯科における成長戦略とは何だろう。整形外科を含めたインプラント医療の現状について考えてみたい。なぜなら、インプラント医療は経済的にも歯科界および医科界に多大なインパクトをもたらす医療手段だからだ。

 歯科の消耗品の中で、非常に高い単価を持つのが、インプラント製品である(図2・3)

図2(クリックで拡大表示)

図3(クリックで拡大表示)

 単価が高いばかりでなく、利益率も高い。日本のデンタルインプラント市場における国内メーカーのシェアは15%程度であり、お世辞にも高いとは言えない。整形外科インプラントの国内メーカーのシェアはさらに低く、5%以下と聞く。つまり、図4に示すように、これらの消耗品を日本人が購入すれば大部分のお金は海外へと流出する。

図4(クリックで拡大表示)

 例えば日本人が、1本4万円のデンタルインプラントを1本購入し、そのうち2万円が外国に流れるとする。日本全体で1日1000本(実際にはこれ以上)購入すると、1日2000万円、1年で70億円以上が海外に渡ることになる。インプラント治療が保険制度でカバーされない日本では、消費者である歯科医師と治療を受ける患者が、これらの出費を負担しているのである。整形外科の場合、例えば股関節再建に使用される大腿骨インプラントは、1本の単価が50−60万円。日本ではこの治療は保健医療として認められている。しかし、整形外科施設が、検査、手術、入院費用などすべてを含めて国民保健から受け取れる収入は約100万円だという。整形外科インプラントの国内メーカーのシェアが5%以下である現状を考えると、大半のケースで50−60万円が外国に流れ(図4)、日本の病院、整形外科医、看護婦が受け取る収入はほとんど残らないことになる。むしろ手術をすればするほど赤字になるという声さえも聞こえる。医者にも看護婦にも病院にも収入を発生させないこのサイクルの出費は、国民の税金、つまり国民1人1人の負担によって賄われている。つまり日本の歯科と整形外科におけるインプラント医療は財政面で切迫しており、またパイそのものが小さいという現状を、われわれは理解しなければならない。

 歯科および整形外科のインプラント製品は、ほぼすべてを外国からの輸入に依存しているため、日本に価格決定権がない。そのため治療行為の代価を下げることには限界があり、インプラントの長所が消費者に伝わりにくい。 外国主導ゆえに新製品の普及も遅く、消費者が最新の製品をなかなか利用することもできない。歯科医師や医師への利益分配率も低くなる。こういった事例が医療全体にいくつもあるため、結果として、日本の保健財政は切迫し、国民への恩恵も限られてしまうのである。もっと怖いのは、このような現状に、日本の医療従事者や消費者である国民が気付いていないことかもしれない。

 日本の歯科界が、これらの状況を打開、好転させる方法は一つではない。もちろん日本発のテクノロジーがあれば、国益に叶う最大の武器となることは言うまでもない。しかし、必ずしも新たなものを創造する必要はない。日々生活する現場にそのヒントは多く隠されている。大学、メーカー、治療現場、教育現場にも解決策は眠っている。私は、次世代の歯科医療、歯科医学の発展のために、どのようなことにも貪欲に取り組みたいと思っている。

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