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記事

2013/10/24

第9回 ルールの隔たり

歯科衛生士コラム

第9回「ルールの隔たり」
田樽 ハイジ(仮名) 衛生士

 最近、スピード違反や飲酒運転が原因で、大事故につながったというニュースをよく耳にする。制限速度をオーバーした走行や、飲酒運転が違反だということくらい誰もが分かっているはずなのに、その当たり前のルールを守れないことで事故を引き起こしてしまうのだ。

 交通ルールだけではなく、私たちの職場でも廃棄物の処理や、感染予防対策など「誰も見ていないから大丈夫・・」と、一人でもルールを守らない人がいると、大きな医療事故を引き起こし兼ねない。

 私の職場には「きちんとさん」という人がいる。もちろん本名ではなく、職場内での規律や正確さを重んじ、決められた事をきちんと守る人なので、私が心の中でそう呼んでいるのだ。

 名誉のために職種も性別も伏せておくが、きちんとさんは国立の○○大を卒業した優秀な人材だ。歯科に関する豊富な知識があり、コンピューターは「オタク」並みに使いこなし、筆を走らせると活字のように整った文字を書く。白衣は常にアイロンの折り目がピシッとついているというように、頭の先から爪先まで、きちんきちんとしている人である。

 本人いわく「自分を車で例えるなら、一昔前の性能のいい日本車。外観や高級感こそ最新モデルの外車より劣るが、正確さと丈夫さには自信がある」という。

 自分のことを車で例えるなんて、私にはとうてい操縦できないタイプの人種であるが、自分とは正反対の「歩く教科書」のようなきちんとさんを、少なからず最近までは尊敬していた。しかし、その気持ちを覆すようなエピソードがあったのだ。

 ある時、認知症の患者さんが娘さんに連れられて来院した。発病する前から来院されていた80代の男性だが、娘さんによると最近は徘徊や幻聴、妄想という症状が出はじめたという。主訴は「入れ歯が外せなくて困っている」ということだった。患者さんご本人が外すこともできないし、娘さんが外そうとすると口を閉じて拒否するのだという。

 診療室にお呼びしたところ、目はうつろで歯科医院にいることさえ分かっていない感じで、初めはユニットに腰掛けることも拒んでいたが、なんとか納得してもらい座っていただくことができた。

 リラックスしてもらおうと、患者さんの話しをうかがっていたが、やはり会話は成り立たない。しばらく話しに耳を傾けていると、患者さんが突然「ここに脱いだはずの靴がない」というのだ。玄関で靴を脱いでスリッパで診療室に入ったことを、すでに忘れてしまっているようだった。

 私は「そうですか・・誰かが片付けてしまったのかもしれませんから探してみますね」と言って玄関まで靴を取りに行き「○○さん、見つかりましたよ」とユニットまで持って行った。

 すると、患者さんは「ありがとう」とにっこり笑って、ユニットから降りその場で靴を履いて診療室を出て行かれたのだった。

 お口の中は拝見できなかったが、娘さんには「お父様が熟睡されてから入れ歯をそっと外してみてはいかがですか」とアドバイスをしたところ「試してみます。父に付き合ってくださってありがとうございました」と満足した表情で帰られた。

 20年近い臨床経験のある私も、認知症の方の治療はほとんど経験がないため、十分な対応はできなかったが、院長が「田樽さんの対応はさすがですね」と褒めてくださった。

 その矢先のことである「診療室で靴を履かせるなんて不衛生だな〜床が汚れてるんじゃない?」と、きちんとさんの一言・・・思わず絶句してしまった。私の言わんとすることはお分かりいただけるだろう。

 医療現場では決められたルールを守ることで、職場の秩序が保たれる。医療従事者としてルールは守ってしかるべきだ。しかし、患者さんに対して杓子定規に対応できないこともあるはずだ。

 自称「一昔前の性能のいい日本車」は、スピード違反や飲酒運転こそしないだろうが、後ろで渋滞が起こっていることすら気が付かず、マイペースで走り続けている人のように思えて仕方がないのだ。

 患者さんの性格や置かれている状況は十人十色である。今後も、きちんとさんに「ルール違反」を指摘されることがあるかもしれないが、最低限のルールは守りつつ、臨機応変な対応をしていきたいと考えている。

歯科衛生士

田樽 ハイジ

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