第8回 スマイル0円の価値

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歯科衛生士コラム 第8回「スマイル0円の価値」 田樽 ハイジ(仮名) 衛生士

 随分昔の話しになるが、高校生の頃ファストフードでアルバイトをしていたことがある。放課後、友人と立ち寄った店の求人案内を見て「サークル活動みたいで面白そうだし、おまけにお給料までもらえるなんてラッキー」と女子高校生らしい軽い気持ちでハンバーガーショップの門を叩いた。  初出勤の朝、ワクワクしてミニスカートのユニフォームに着替え、いざ入店。友人とおしゃべりをしながらカウンターの中に入ると、スーツを着た強面の男性社員に「アルバイトだからと言って、遊び半分にされては困る。お給料をもらう以上は君たちも社員のひとりですからね」とクギをさされ、新人トレーニングが始まった。

 ハンバーガーショップとは言え、そこはれっきとした外資系企業の職場であり、アルバイトスタッフも一社会人として扱われるのだ。

 オリエンテーションでは会社の歴史から理念にいたるまで、外資系企業にありがちの退屈な教育用ビデオを見せられ、入店後もマニュアル化されたサービスを徹底的に叩き込まれた。軽い気持ちで始めたアルバイトであったが、フタを開けてみるとサークル活動というよりも、体育会系の規律の厳しい職場だったのだ。

 アルバイトをしていたのは、ほんの1〜2年の短い期間であったが、そこで学んだことのすべてがとても貴重な経験となった。「手を上げてお客様を速やかに誘導する」とか「お客様の目を見てオーダーを伺う」などサービス業の基本から「仲間との連携プレー」や「苦情の対応」まで、ただのアルバイトにしては多くのことを学ばせてもらった気がする。

 その経験は、歯科衛生士になった今もおおいに役立っており、とりわけ「笑顔での接客」は、その後のコミュニケ−ションに対する姿勢を変える大きなきっかけとなった。

 そのハンバーガーショップのメニューにはスマイル0円と表記されていたため、お客さんに「ハンバーガーとポテトと・・それからスマイルもください」とよくからかわれたものだ。業務マニュアルに載っていたかどうかは定かではないが、お客さんからスマイルのオーダーがあると、仲間たちは「ハンバーガーがお一つとポテトがお一つとスマイルですね」とカウンター越しに営業用のスマイルを披露していた。普段は仏頂面をしている男性社員でさえも、店に一歩足を踏み入れると笑顔で対応している。

 ある日、お客さんとのやりとりで不機嫌になっている私に「笑顔は人の心を穏やかにするのだよ。お客様に理不尽なことを言われてもまずは笑顔で接しなさい。その後のフォローは僕がするから」と言われたことがあった。 負けん気が強く、ふてくされていた私に、笑顔でなだめてくれた男性社員の一言が今でも忘れられない。

 その頃の私は、歯列矯正をしていたこともあり、人前で歯を見せて笑うのが苦手だったのだが、いつの頃か、とっさにカメラを向けられても「一番いい顔」ができるほど、作り笑顔が上手になっていた。おかげで、それ以降に撮った写真は背景こそ違うものの、私の顔はほとんど同じ表情をして写っている (笑)。

 本来、好感のもてる笑顔とは、作られたものではなく、内面の幸福感ややさしさから湧き出る表情だ。いつも自然な笑顔でいられるのであれば申し分はないが、楽しいことばかりでない診療中、内面から湧き出る幸福感のたっぷりの笑顔を保つのは難しい。 だから、せめて「患者さんをお迎えするとき」「自己紹介をするとき」「患者さんをお見送りするとき」などポイントごとに笑顔で接するように心がけている。たとえ、それが業務用のスマイルであっても、人の心を穏やかな気持ちにさせるのであれば、作られた笑顔もそう悪くないと思うのだ。

 笑う角には福が来る・・笑顔で仕事をすることで、必ずいいことがあるはずだ。笑顔にお金はかからないが、その「0円のスマイル」がもたらす付加価値は、想像以上に大きいに違いない。

歯科衛生士 田樽 ハイジ

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