第5回 ツカミはOK?

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 景気が上向きになってきたせいか、都心には大型ショッピングモールが続々と誕生している。週末ともなると、ものすごい数の人でごった返し、ショッピングに行くというよりは、人ごみを見物しに行くようなものだ。ほとぼりが冷めてから出向いてもいいのだが、新し物好きの私としては、話題のスポットは見逃せない。そんな訳で、つい先日オープンしたばかりのショッピングモールに、混雑覚悟で足を運んでみた。

 日本初出店のブランドや旬なショップが集結しているフロア−は、見ているだけでワクワクする。その中に、私好みの洋服や小物を取り揃えたセレクトショップを見つけた。  店内に足を踏み入れると「こちらは本日入荷した一点物のブラウスでございます」と少しきどった女性店員が近寄ってきた。バービー人形のようなスタイルをしているその彼女は、いかにも都会的なのだが、どことなく冷たい印象を受けた。店内の商品をゆっくり眺めたかった私は、彼女から遠ざかろうと場所を移動するが「こちらはイタリアの人気デザイナーのもので・・」と商品のうんちくを語りながらどこまでもついてくるのだ。  彼女は商品を売るのが仕事であるのだから、ある程度は仕方がないが、こちらが聞いてもいないことを、一方的に話し続ける接客態度は、決して褒められたものではない。しかも、能面のような無表情なその顔には、温かさは感じられず、まるで洋服を売るロボットのようにさえ見えた。  売られている商品は魅力的だったが、私は彼女の第一印象で買い物をする気が失せ、そそくさと店を後にした。おかげでショッピングは不発に終わってしまったのだ。  人は相手の印象を数十秒で判断するという。第一印象を左右するのは非言語、つまり「見た目」と「感じ」で、その印象の良し悪しを決める要素は「表情」と「声」が大半を占めているのだという。第一印象はその後の相手に対する印象を引きずり、好印象であれば、その人はずっと「感じの良い人」になるし、逆であればずっと「感じの悪い人」になるのだというから、歯科衛生士にとっても最初の印象が肝心だ。  私の同僚にとても勉強熱心な歯科衛生士がいるのだが、TBIをしている場面を見て「もったいないなぁ」と感じたことがある。彼女は、自ら講習会に参加し、歯科専門誌を定期購読する努力家だ。最新の情報を取り入れた患者指導の内容は、説得力がありいつも感心してしまうのだが、その話し方とスピードに問題がある。  特に初回のTBIとなると、できるだけ多くのことを伝えたいと欲張ってしまうようで、わずかな時間で、プラ−クコントロールの必要性、カリエスや歯周病について、ツール選び、ブラッシング法、タイミングなど、盛りだくさんの内容を、早口で説明するのだ。  与えられた時間の中で、指導したい事柄の全てを網羅しようとすると、話すスピードは加速し、一方的な説明にならざるを得ない。その上、マスクをしたまま話しをするので、患者さんからは表情がわかりにくく、話し声はこもって聞きずらくなる。

 治療中のマスクは感染予防のためにやむを得ないとは言え、さらに防護用メガネやフェイスプロテクターを装着すると顔の大半が隠れてしまう。歯科衛生士は、いわば仮面をかぶって仕事をしているようなものだ。これではロボットのような店員と同じではないか・・。  患者さんは、第一印象の悪い歯科衛生士の指導を、素直に受け入れてくださるだろうか?

 患者指導のゴールは、患者さんの生活習慣や口腔衛生に対する意識を変え、改善へと導くことである。個々の患者さんによってアプローチのしかたは異なるが、まずは、私たちの話しに耳を傾けてもらわないことには何も始まらない。始めての指導では充実した内容より、好印象とインパクトが肝心なのだ。

 詳細な説明や最新の情報など、伝えたいことは山ほどあるが、説明し足りないことがあったとしても、通い続けて下されば、回を重ねるごとに少しずつ説明することも可能だ。優先すべきことは、患者さんの心をつかむことなのだ。患者さんに好印象を与え「この人の話しを聞いてみたい」と思っていただければツカミはOKだ。  そのためには「抑揚をつけた話し方」「わかりやすい説明」「エビデンスに基づいた解説」「アイコンタクト」などの会話術も重要だ。  マニュアル通りの指導では患者さんをひきつけることはできない。まずは第一印象を良くし、会話術を磨きたいものだ。

歯科衛生士 田樽 ハイジ

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