第3回 多くのアメと少しのムチの使い分け

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 4月の街を歩いていると、おろしたてのスーツを着た「いかにも新卒」というフレッシャーズをあちらこちらで見かける。借り物を着ているような、身体に馴染まないスーツ姿は、他人が見ると気恥ずかしいものだが、あどけない顔をきりっと引き締めて歩いている光景はなんとも微笑ましい。  彼らのような若者を目にするこの季節になると、自分が歯科衛生士になりたての二十歳の頃を思い出す。

 就職先は、学会発表や歯科専門誌への投稿が盛んな歯科衛生士主体の歯科医院で、在籍する先輩たちは、自信に満ち溢れ魅力的だった。   入りたての頃は、貫禄も実力も先輩には到底及ばないが、支給された新しいユニフォームに袖を通し、「歯科衛生士」と書かれたネームプレートを胸元につけると、それなりに格好がつくものだ。自分では医院に馴染んでいるつもりだったが、患者さんの目には「いかにも新人歯科衛生士」と映っていたに違いない。

 仕事へのやりがいを求め、院内外の活動が活発な医院に就職をしたものの、業務内容は教科書には載っていないことも多く、学校で覚えたことは、歯科衛生士として働く上での「基本のキ」であったことを思い知らされた。仕事量の多さに戸惑いを感じながらも「教えてくれる先輩の期待に応えなければ」と必死でメモをとったものだ。帰宅後、メモの内容を頭に叩き込み「これで大丈夫」とばかりに翌日の仕事に望む。   ところが、気持ちのゆとりがあれば簡単にできるはずのことが、新しい環境での緊張から、先輩の何倍もの時間がかかったり、手順を間違えてしてしまうことがあるのだ。それを指摘されると、自分の不甲斐なさに落ち込み、自信を失い、また失敗するという悪循環の繰り返しだった。   新人の頃は、多かれ少なかれ誰もがこんな経験するだろう。だが、環境に慣れて仕事ができるようになれば、それが自信につながり成長していく。私は先輩に励されながら、どうにか悪循環から脱することができた。

 人は褒められて育つタイプと、叱られて育つタイプがいるというが、世の中の大半の人は前者だと思っている。私はというと、間違いなく褒められて育つタイプだ。それを知ってか知らずか周囲の人々は、実に褒め上手な人が多く、私はたくさんの褒め言葉に支えられのびのびと仕事を続けてこられた。   「褒める」ということは、人を成長させるための重要な要素の一つだ。当然、仕事で失敗をしたときは、間違いを正すべきだが、落ち込む新人に、追い討ちをかけるようにガミガミ叱るのは、傷口に塩を塗るようなものだ。よほど鈍感な人でない限り、指摘をすれば自分の失敗に気づき、反省するはずだ。「出来ないことを叱る」より「出来たことを褒める」方が次のステップに繋がるのではないだろうか。

 春になり、今年も新しい仲間と出会う季節がやってきた。一口に新人と言っても、初々しい新卒から、転職組、しばらく休職し復帰した「うらしまタロ子さん」まで様々だ。   受け入れる側が、早く戦力になってもらうために「短期間の教育で多くの知識や技術を伝えたい」と考えるのも否めない。特に、職歴のある人には「○年目だから即戦力になる」と考えがちだが、過度な期待はしない方がいいかもしれない。なぜなら、まったくの新卒ならなおさらのこと、経験があり器用な人でも、新しい環境に慣れるまでは、自分の力を十分に発揮できないからだ。   「鉄は熱いうちに打て」というが、鉄を打つにも適度な温度やタイミングがある。   新しい環境に慣れるまでの猶予期間を設けて、それから評価をしても決して遅くはないはずだ。   新人を迎える私たちは、多くのアメと少しのムチを使い分け、彼女たちの成長を暖かく見守る余裕を持ちたいものだ。

 それでも、気が利かない新人の行動にイライラしたり、何度も同じ失敗を繰り返す姿を目にすると「どうしたものか?」と思い悩むこともあるかもしれない。そんな時「自分が新人の時にどうだったのか」「先輩にどうしてほしかったのか」を思い出せば、おのずと答えがでるはずだ。

歯科衛生士 田樽 ハイジ

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